おどけることで全てを知ることが出来るなら容易いものだろう?






I AM A PIERROT









「……あの、アメリカ君」





日本が、躊躇ったように口を開いては閉じている。
アメリカはそんな日本が話し出すのを辛抱強く待ちながら、ふと外を見やった 。
まぁるい月が部屋を照らしている。





夕飯まで共にすることになり、今はとっぷりと夜が更けていた。
日本のお風呂をもらって、ほかほかの体に涼しい浴衣。
ふかふかの布団と、至れり尽くせりだ。
アメリカのリクエストで今夜は肉じゃがだった。
どうやら元はビーフシチューらしい。

日本の上司がイギリスで食べたそれが忘れられないと、ビーフシチューを食べ たこともない日本が伝聞だけで作り上げたビーフシチュー=肉じゃが。
ビーフシチューの作り方ならいくらでも教えたけどな、とイギリスが言うのに アメリカとフランスがそれだけはやめておけと決死で止めた。
けれど当の日本はにこにことまた教えてくださいねと言う。

また、の部分に引いたフランスとアメリカだったが、日本のカレーはイギリス が教えたと聞いてアメリカは本気で驚いた。
確かに、カレーの本場といわれるインドのカレーはさらさらしたもので日本の カレーはとろみのあるタイプだ。
フランスはフランスで日本のアレンジ力の高さはすごすぎると日本を褒めてい た。
あのぱさぱさもそもそ苦いスコーンだって、日本が作ると素材を生かした美味 しい焼き菓子。
イギリスが教えたとは思えない出来映えで、フランスとアメリカ両名が口々に 日本を褒めればイギリスが切れるのも時間の問題だった。
日本がいるからいつもよりはマシかと思ったが、彼の手の早さは尋常じゃない 。
流石に包丁を持っていたフランスには手加減していたが、つまみぐいをしてい たアメリカには容赦がなかった。



思い出したらなんだかまたこぶが痛んだように思えて、アメリカは手で頭をさ する。(そう、こぶまで作られたのだ)
本当に容赦がない。
馬鹿になったらどうしてくれると訴えたがそれ以上馬鹿になるかバァカ!と返

された。
子どもみたいな口調で、そんなこというどっちが馬鹿だろうか。
流石にこれを言えばイギリスから外へほっぽり出される(たとえここが日本の 家だろうとしても、だ)ことが目に見えたので、頑張って飲み込んだ。

少しぐらい褒めてくれたって良いんじゃないかと思える自分の努力に、アメリ カが自身で頷いていれば目の前に日本の顔があった。



少しばかり驚いていれば、決心がついたのか日本が正座でアメリカに向かって 口を開く。






「アメリカ君、私は貴方の率直なところを好ましく思っています」
「ありがとう日本。君は、もう少し率直であるべきだよね」
「ええ、その通りです。そして、貴方ももう少し言葉を選ぶべきだと思います 」


月明かりに照らされた日本の表情は、真面目そのものだ。
ぎゅ、っと膝の上でにぎった手が浴衣に皺を作っている。
そんなに力まなくとも、と思っていれば日本は言葉を続けた。




「……少し考えれば、イギリスさんの誕生日が不明なんて事ぐらい、わかるで しょう……」
「わからないよ。もしかしたら祝ってくれる人がいないから、教えないだけか もしれないよ?」
「少なくとも私は祝います。イギリスさんと出会って苦しいこともあったけど 、楽しいことも沢山ありました。だから、そんなイギリスさんがいてくれたこ とを私は祝福したいです」



なんだ。
言いたいこと、言えるじゃないか。
アメリカは日本の率直な言葉に満足して、うんと頷いた。
日本は、嬉しそうなアメリカに怪訝な顔をしてふっと目線を落とした。
それは日本の悪いクセだよな、と思いながらも日本の言葉を遮ることはなくア メリカは聞く側に回る。
自己主張の激しいアメリカの、そんな姿に日本は気づいているだろうか。




「けれど、私たちの成り立ちは複雑です。かならず国として意識があったとき でなく、節目で決める場合も多い。……アメリカ君のように、行事や楽しいこ とが好きな人は自分から積極的にその日を言うでしょう」
「日本みたいに、気遣い屋は気を遣わせたくなくてあまり自分からは言わない よな。だから僕見たいのが聞き出したり、フランスみたいのはうまく言わせる ようにし向けるんだ」
「イギリスさんは、きっと後者でしょう。貴方は違うというかもしれませんが 、私はそう思います。自分から、言うタイプには思えない」


同意見だ、とアメリカは思ったが話の腰が折れそうだったので黙ることにした 。
イギリスは我が強いように見えて一歩引いたところがある。
自身に関してはえらく消極的なのだ。
その一端を担ったアメリカとしては何とも言えないが、彼に影響を与えたこと 事態は嬉しい。
口に出せば勘違いされそうだから、これも言わないでおくことにする。



「それに貴方の言ったとおり、フランスさんのような方はそういう根回しが上 手です。私よりも貴方よりも付き合いの長いフランスさんが、イギリスさんを 祝ったとは聞いたことがありません」
「……個人的に、祝ってるのかもしれないよ?」
「そうかもしれません。けど、少し調べればわかることでしょう、歴史なんて 。私たちの歩いてきた道なんて。確かに細かなことや、その背景にあったこと なんて、本人しか知りません……」



日本は、俯きながら自嘲的に笑みを浮かべていた。
アメリカはその笑みが好きではなかったが、言いたいことはよくわかる。
本にのってる自分たちなんて、一言で終わっていたり本によっては削除されて いたりもする。

言葉にすれば、他愛もないこと。
けれどそこには文字に出来ないものがあるのだ。



アメリカの胸に込み上げてきた感情を、知ってか知らずか日本が顔を上げる。
黒曜石の瞳が、アメリカを真っ直ぐ映し出した。
黒々としたその目は全てを知っているような、そんな色でアメリカを射抜いて いる。





「イギリスさんの誕生日は、わからない。本人は勿論、決めるような時期もな かった」
「……………………」
「それこそ、お兄さん達もいるのに誕生日がないなんて……、イギリスさんの 状況を考えればわかることなのに。なんで、ですか。どうして貴方は、そこま で無邪気にイギリスさんを、」
「無邪気だって、思うかい?」





日本がアメリカの言葉に切なそうに眉を寄せた。
アメリカは、やっぱり長かったかな、と思いながらもようやく来た自分の番に 小さく息を吐く。
日本の表情は、いつも穏やかな笑みをたたえていてそれ故内心が読みにくい。
言葉でアメリカをはぐらかすことは多々あって、アメリカはいつもしてやられ ている。
けれど今日は逆だ。
他国ならいざ知らず、アメリカがこんな日本の表情を引き出せるなんて、とそ れがおかしくて笑いが零れる。



「僕はね、他者のことを考える余裕なんてない、まだまだ若いガキなんだよ。 それこそ君と違ってね」
「……本当のガキは、そんなこと考えもしません」
「うん。だから無邪気なんかじゃない。けど無邪気な振りをすれば、イギリス は許してくれる。どうせ僕だからって、諦めてくれる」



今度こそ日本の表情が大きく歪んだ。
きつく刻まれた皺がまるでイギリスのようで、思わず手を伸ばせばそれは日本

に届く前にたたき落とされる。
静かな部屋に、乾いた音がそれなりに響く。
結構痛いな、と思っていれば日本は視線だけで続きを促してきた。





ほら、ね。











僕だって、空気が本当に読めないわけじゃない。(そりゃ、読めないときもあ るけどさ。それは誰だってあるだろう)

「本にしろ古い友人にしろ。自分のことをわかっているのは、結局自分だろ。 自国以外のニュースなんて、調べても切りがある」
「……………」
「僕が馬鹿で、間抜けで、空気が読めないおかげで、イギリスの誕生日がわか ったら」






日本の顔が、また変わった。
今度は驚いている。
目を月と同じように、まん丸くして、幼い顔立ちがさらに幼く見える。
どうしたんだろうと思うが、それは話が終わってから問えばいいだろう。
アメリカはまたそこで一つ息を吐いて、思い切り笑って見せた。








「それは、とっても嬉しいことだろう?」
「……アメリカ、くん」
「これが初めてじゃない。昔何度も聞いたさ、イギリスに誕生日を。けどその 度はぐらかされちゃって大変だったんだからな。島国は言葉を濁すのが好きな のか?……本当に、昔の僕にイギリスは色んな事教えてくれたけど、それは教 えてくれなかった。僕が小さいせいかと思った。だから対等になりたかったん だ。僕のせいで彼が傷つくなんて冗談じゃない。僕のためにフランスと戦って 自分はぼろぼろなんて、ホント、止めて欲しいよ。いいきっかけだと思った。 けどさ、皮肉なんだ。それで僕にはちゃんとした誕生日が出来た。イギリスを どん底まで傷つけたその日が、僕の誕生日だ」








日本が、腕を伸ばしてくる。
眼鏡をそっととられて、アメリカの視界は一気にぼやけた。
日本の突然の行動の意味がわからなくて、アメリカは何故かと問おうとしたが 、上手く声が出なかった。
おかしいな、と思っているうちにまた日本が行動を起こす。

ぽんぽんとやさしく頭を撫でられて、そのまま抱き込まれた。
もう子どもじゃないのに、とアメリカは思ったがその腕が心地よくてそのまま 言葉を続けることにする。
やはり出しにくい声を無理矢理出せば、随分と声が掠れていた。





「だから、本気だったんだぞ。僕の誕生日は、イギリスがいたから出来た。い なければ、きっと特別な日なんてなかった」
「……はい、」
「だから、僕は、本気でイギリスに作ろうと思ったんだ。誕生日を。イギリス が僕を見つけてくれた、その日を」




アメリカの記憶にいるイギリス。
まだ幼い自分に、笑うイギリスは本当に嬉しそうで。
今ではそんな笑顔はみられなくなったが、だからこそ言える。
イギリスに、アメリカという弟が出来たその日。
その日こそ、イギリスにとって幸福な日だったって思えるから。
だから、本気で。




「イギリスは、わかってくれなかったけどな」
「……そんなことないです」
「嘘だ。あれを僕が言うのがどれだけ大変だったと思うんだ。それをイギリス は、」



日本がアメリカを抱きしめる力が強くなった。
頭を優しく撫でられて、本当に昔を思いだしてしまう。
怖がる自分を温かく抱きしめてくれた腕。
泣きじゃくる自分を、柔らかに抱きしめてくれた腕。



昔を思い出すのが、イギリスだけなんて思ってたら大間違いだ。






「イギリスさんは、嬉しそうでしたよ」
「……なに、」
「イギリスさんは、貴方が彼の誕生日を決めるって言ったとき、確かに嬉しそ うだったんです。一瞬だったし、わかりにくい変化でしたが」

私、そういうの見るの得意なんです。

そういう日本に、アメリカはぽかんとしている。
反応が鈍いアメリカに、頭上で日本が笑った気配がした。






「………嘘だ、」
「本当です。こんな嘘ついて私になんの得がありますか。教えたくはなかった んですが、仕方ありません。日本は泣く子には勝てないんです」





ゆっくり頭を撫でる手が心地よい。
とくとくと、心音が間近に感じられて落ち着ける。
アメリカは、どこか夢心地な日本の言葉にようやく気づいた。

ああ、泣いているのか自分は。



気づくと余計に泣けてきて。
日本の衣服を濡らすのも構わずに、感情の流れに任せた。





「貴方の言葉じゃなければ、彼にはあんなに届きません。私はそれが羨ましい 。あんなことを言い切ってしまえる貴方が、羨ましい」
「……僕は、イギリスに笑いかけてもらえる日本の方が、羨ましい」
「まだまだ若いですね。貴方が持っている物に気づけば、すぐにでも手に入る でしょうに」



くすくすと日本が笑っている。
また日本独特の、曖昧な言い回しにアメリカは反論しようとしたが落ちてくる 眠気にそれは叶いそうもなかった。


けれどこれだけは聞きたいと、必死で口を開く。







「僕の持ってる物って…なんだい?」
「教えるわけ、ありません」


やっぱり日本は一筋縄じゃ行かないなと。
眠りに落ちる寸前で考えたことは、えらく幸福に満ちていた。











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米と日。
アメリカがすげーイギリス好き好きで自分でもびっくりしました。(え)
自信のない自信家メリカ。
この二人にイギリス語らすのがすごく楽しいです…。

さぁ次はフランス兄ちゃんだ。

07/06/19

反転にて矢印メニュウ。





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