捨てられないのはどちらの方なんだろう。





大切な物は置いてきた 3










「……なにその緑の山」
「欲しいならわけてやるが」
「いや、そうじゃなくて」



外はザァザァと雨が降っている。
晴天の方が希であるこの国において、雨は珍しくもない。
湿気で髪の毛がうねるのが難点といえば難点であるが、家主でありこの国自身で ある彼は綺麗なストレートを見せている。
短く整えているくせに、本人の性格とは反対にひねくれることを知らないその髪 は重力に従っていた。
緩くウェーブのかかった髪が跳ねやすいフランスにとっては少々憎らしくも見え る。




「落ち着かねぇだろ。座るなら座れ、じゃなきゃ帰れ」
「この雨の中そりゃねぇだろ」
「少しはみれた格好になるんじゃないのか?」




くくっと低く笑う様は可愛くない。
けれどそれでもいつもより剣がとれているような気がして、フランスは首を傾げ

ながらも彼と同じテーブルにつく。
目の前には彼が用意したミッディティーブレイクが展開されている。
元ヤンだけれど紳士の国を名乗るだけはあって、お茶を飲むその様子は見事な物 。
手先が壊滅的なイギリスは、それでも紅茶を入れるのは天下一品だった。

外だけ見れば優雅なことこの上ないが、サンドイッチの隣に置かれた山がそれを 崩している。





「………なんで、胡瓜」
「キューカンバーサンドイッチを作ったからに決まってんだろ、馬鹿」
「俺はそのキューカンバーサンドイッチにも色々言いたいんだけどな。もう少し まってりゃ、俺が作ってやるのに…」
「うっせぇ。おまえは軍服と同じで料理もゴテゴテならいいと思ってんのか?そ りゃおまえの料理はすげーうめーけど、今日のはこれでいいんだよ」




見てくれとはまたかけはなれた辛辣な言葉が出されるのに、フランスのこめかみ はひくりと青筋だった。
けれどそれは一瞬のことで、イギリスは気づいていないかもしれないがさらりと 零れた賛辞の言葉。
無意識だからこそ彼の本音であって、しらずフランスの顔は緩んだ。
ため息を吐きつつも、ポットからフランスの分の紅茶をカップに注ぐイギリス。

それを渡そうとして、イギリスはフランスの表情に危うくカップと取り落としそ うになる。
フランスは器用にその手からカップを奪い取るように受け取ると、早速カップに 口を運んだ。



「あ――…、やっぱお前お茶淹れるのだけは上手いわ」
「だけってなんだよだけって!!なんか用事あってきたんじゃねぇのかないなら 帰れ今すぐ帰れ俺の大事な休息時間を邪魔するんじゃねぇ!!」
「そうそう、あちこちなんか牛乳入った皿だとか、菓子の入った皿とか置いてあ るのなんで?この部屋も隅っこになんかあるけど」


紅茶を口に含めば、しっかりと茶の味を引き出した満足感のある味が広がった。
それでいて渋くない、と言うのは中々難しい。
アメリカはもっぱら薄いコーヒーを飲んでいるが、たまに思い出したように紅茶 を入れることがある。
不味い、わけではないが後味に残る渋さだったり味が充分に引き出せてなかった りすることがほとんどだ。



「別に…、なんだっていいだろ」
「別になんでもないなら良いけど。間違ってさっき皿ひっくり返しちゃってさぁ 、片付けは後で良いかって思って報告を……」
「てめッ!」


視線を外して、僅かに頬を染めたイギリスが不満そうにフランスの言葉を切った 。
そんな対応は長年の歴史の中で予測済みだ。
フランスが大仰に用意していた言葉を口にすれば、イギリスは慌てたように立ち 上がる。
フランスにつかみかかろうとしたところで、にこりと(こいつにとってはにやり らしい)笑ってみせた。

瞬間きょとん、とした顔がすぐに険しくなって赤くなっていく。
毒気が抜けてれば可愛いのになぁとぼんやり思っていれば、イギリスが立つ勢い と同じく座った。
椅子やテーブルの上が揺れる。
本当にいつもいつも全身で表現する男だと眺めていれば、イギリスが苛立ち紛れ にサンドイッチを口に放り込んだ。







「昨日はめずらしく良い天気だったんだ!色々片付けたい物もあったし、出した い物もあったし屋敷の掃除をしたんだ!!」
「……この広い屋敷をお前一人で?」
「出来なかったから妖精に手伝って貰った!ミルクや菓子はそのお礼で、零した りなんかしたら失礼だろっ。そんだけだ!!」

ふんっ、とものすごい勢いで咀嚼したサンドイッチをものすごい勢いで紅茶で流 し込む。(それでも汚らしく見えないのは流石と言うところだろうか)
そしてその流れでイギリスは言葉をフランスに勢いよく投げつけた。
真っ赤に染まっているのは先ほどの名残か、それとも自分で言っている言葉に照 れているのか。
他に何か聞きたいなら聞くがいい!と大きな態度なイギリスに、フランスはぽつ りと呟いた。




「あの菓子お前の手作りだとお礼じゃなくて拷問じゃねぇ?」
「―――……って、めッ」

フランスの言葉に、イギリスからついに手が出た。
フランスに向き直りざまに拳が向けられるのをぱすんと受け止め、イギリスの頭 に手を置く。
ぽんぽんと髪を何度か叩いてやれば、イギリスは固まっている。
どうしようもねぇなぁとフランスは内心で呟きながら、笑って見せた。




「嘘だよ。お前のところの菓子は茶褐色の地味〜…な菓子ばっかだけど美味いよ 。うん。妖精はお前のところのなんだから、きっと喜ぶ」
「―――…ッ最初からそう言えばーっか!!」

今度は足が出た。
ガスッと鈍い音を立てて臑に革靴がめり込む。
まともに入ったそれは存分に痛くてフランスはテーブルにと懐いた。


「この元ヤンがっ……!」
「うるせぇ変態」

痛みに打ち震えながらフランスは悪態を吐く。
けれどイギリスはそれをさらりと返して髪の毛を何度か梳いた。
少しは溜飲が下がったのか、椅子に座り直したイギリスは紅茶のおかわりを注い で元のティータイムにと戻る。


ほっとしたような表情。
まだ耳が赤く染まっているのをフランスは盗み見て、そっと息を吐いた。




きっとイギリスは、『妖精』のことを口に出すのを憚ったのだろう。
『妖精』の存在はひどく曖昧で儚く、それに出会えるものと出会えないものがい る。
イギリスにとってはいて当たり前の存在であるが、他の国にとってはそうではな いのだ。

それをイギリスは知っているから否定されたくなくて最初から拒絶した。
大切なものを否定されるのは誰だって辛いから当たり前だが、イギリスはその傾 向が特に強い。

それは彼の生まれたときからの境遇によってでもあるし、それからのこともある 。
もう少し、肩の力を抜けばいいのにと何度も思ったがきっとフランスに言われる のをイギリスは何より嫌うだろう。





「でもさ、胡瓜の説明がつかなくねぇ?」
「……日本の妖怪という存在は知っているか」
「妖怪?あー、なんか日本に本で見せてもらったことあったな。座敷童とか、ぬ らりひょんとか、それ?」

フランスが妖精を肯定したことで落ち着いたのだろう。
フランスの言葉に、不承不承だが素直に応えている。



「それだ。河童はしってるか?」
「河童?頭に皿乗せてるって言う、アレか?」
「ああ」



そこでイギリスは口を閉ざした。
誤魔化すかのように紅茶を口にするが、口を潤すためではない。
言葉にするかしないか逡巡しているのだ。






喪失感が怖い。
拒絶が怖い。
だから、ひとりでいい。

そう思っているくせに、根底では誰かを求めている。


だから、心を許すとどこまでも大切にする。
大切にした物はいつまでたっても捨てられず、イギリスに蓄積していく。






「ユニコーンは見られないけど、河童なら会えっかな。俺」
「お前のような変態にユニコーンが見れるはずないだろ。――…河童なら、そう だな、あいつはいい奴だからお前のような奴にも会ってくれるかもな…」

ポットに手を伸ばしながら、フランスは勝手におかわりを注いだ。
咎めようとするイギリスをたたみかけるように軽口を叩けば、イギリスはそれに のった。


わかっているのかいないのか。



自然優しい顔をするイギリスに、フランスも和らいだ視線を送る。




もっと楽に生きればいい。
そう思うと同時に、そのままでいて欲しいとも思う。





もう、自分には出来ない生き方だから。






「……掃除していたら、日本に行ったときに貰った薬が出てきたんだ」
「ああ」
「河童、から貰った薬で、元気にしてるかと思って…。彼が好きだという胡瓜の お茶請けにした。――…それだけだ」


うん。
イギリスが俯いてぼそぼそと全てを話した。
河童からもらった薬。
確かにアメリカあたりに話したら、熱でもあるのかと素で聞いてきそうな話だ。 (宇宙人と同居している割にカテゴリが少ない奴だ)

フランスも、この話をするのがイギリスでなければ信じられないだろう。
だけどイギリスが言うなら、本当なのだ。



大切にした物をずっと持ち続けて。
たとえその手が傷ついてぼろぼろになっていても、それを捨てることはない。
大事に大事にして共に歩いて。
時代の流れに逆らうことになったとしても、捨てない。

誰かに言われたぐらいで捨てないから、いらない亀裂が生じることもある。



もう少しだけ、うまくやれればいいのだ。
得意であろう。
長い間の付き合いで、騙したことも裏切ったことも互いにある。

狡猾さを持ち、その力でもって弱者を踏みにじってきたこともある。




それなのに、自分には嘘を吐くことが出来ない。
表面だけ、見せると言うことが出来ない。







だからこそ、血濡れた手であったとしても彼は未だに友達なのだ。
ユニコーンや小人や妖精やそういうものと。











「――…いいじゃん」
「そうか……」
「そうだよ」

フランスは、目を細めてイギリスを見やった。
イギリスは、そんなフランスに落ち着かないのか俯いたままだ。



いつもこんな調子なら可愛いんだけどなぁと、手を伸ばそうとして、握り込んだ 。
なんとなく、触っちゃ行けない気になった。



どれだけ殴り合いをしてきたかわからないけれど、今、こうして異国の友を懐か しむ彼にはこの気持ちで触れてはいけないと。
勝手に自分で自分のためにそう考えて、フランスはその代わりにイギリスを見つ めた。



イギリスは相変わらず居心地が悪そうで。
そんなに気持ち悪いか、とフランスがおもわず苦笑すればイギリスは不意に立ち上がった。





胡瓜を持って、おもむろにドアへ向かう。






「おいイギリス?」
「―――…俺は、お前と同じだよ」

ドア近くのテーブルから万年筆とインクを取り出して、胡瓜を紙袋につめる。
さらさらと紙にペンを走らせて、手早く小包を作っている。






「何してんだ…?」
「日本にお裾分けだ。河童から貰った種で、作ってきた胡瓜なんだ」

その声にいつもの覇気がない。
日本に贈るなら、もっと嬉しそうにしても良いだろうに。
それに行動も唐突すぎる。


フランスが、訝しげにイギリスの行動を見やっていればイギリスはそのうちに小 包を作り上げた。
それを片手に、イギリスは部屋を出て行く。




「お前と俺は同じとこに立ってる」
「イギリス……?」
「そうじゃないって言うなら、お前が信じられるように俺は出来るんだ」







イギリスが振り返った。
フランスに今まで見せたことのない、綺麗な表情で笑っていた。
綺麗すぎて、本当に彼が別世界にいるんじゃないかと、。











―――…妖精なんて、










その言葉の続きが聞きたくなくて俺はイギリスの口を塞ぎに走っていった。
外では雨がザァザァと降っていた。














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仏と英。
エピローグで本当に締め。(あれ?)
07/06/05

反転にて矢印メニュウ。





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