小さい僕に、一度だけイギリスが手を挙げたことがある。








大切な物は置いてきた2











イギリスの訪問は、僕にとって最大級の楽しみだった。
いつも美味しいお茶や珍しいおもちゃをおみやげに持ってきてくれる。(時折首を傾げるお菓子もあったけれど)

なにより広い大地に一人きりの僕にイギリスが会いに来てくれるのが嬉しかった。
彼は色々忙しそうではあったが、僕を大事にしてくれていた。
いつも笑顔で、時折我が儘を言っては困った顔をさせていたが小さい僕に彼が怒ったことはまずはない。



フランスやスペインに見せる顔が本性だと彼ら自身は言う。
けど僕にとっては笑顔のイギリスが僕のイギリスだった。




そんなイギリスが、僕を叩いたのは何でだっただろうか。
掃除をしていて見つけた古ぼけた絵本。
それをぱらぱらとめくっていればなんとはなしに思い出される昔のこと。

夜中にイギリスにせがんでは読んで貰った本の一冊だ。
妖精が出てくる空想のお話。
けれどあのときの僕は、妖精のことをまだ信じていたと思う。
あの瞬間までは。








『ねぇイギリス!妖精って可愛い?僕にも会える?』
『当たり前だろ。呼べば妖精はいくらでも来てくれる、優しい存在だ。ほら、こんな話をしていたからすぐそこにも来てるじゃないか』

イギリスの朗読の声はとても優しく、一緒のベッドで眠る時間はなによりも好きだった。
すぐに寝てしまうには惜しくて、大きな枕を背にしながら寄り添うイギリスの腕 を掴みながら僕は閉じられようとする本にストップをかける。

はしゃぐ僕に苦笑しながらも、イギリスはふと部屋の隅に視線をやった。
すっとイギリスが手を伸ばすのに、けれど僕は首を傾げるばかりだ。
いきなりなにをしているんだろう、と戸惑っていればイギリスは嬉しそうに笑っ ている。


「ほらアメリカ。お前も挨拶しないのか?」


自分の手元あたりに目線をやりながら、イギリスは笑顔でそんなことを言ってく る。
挨拶、と言われてもイギリスには会った当初にすでにしていたし今更何を言うん だろうか。
その間にもイギリスは何事か自分の手と囁きあっている。


こんなイギリスは見たことない。
僕以外に嬉しそうで。
優しい顔。


僕が隣にいるのに、何もない空間に話しかけている。







僕がきょとん、としていればイギリスは思い出したようにベッドを出ようとした 。
少し怖くなっていた僕は慌ててイギリスを引き留めようとする。
(今思えば、怖い元凶はイギリスだったのに面白い話だ)






「い、イギリスっ!どこ行くの!?」
「え?ああ、この子がお腹がすいたと言うからミルクを持ってこようかと思って な。お前も聞いてただろ?それに、掃除を手伝って貰ったのにお菓子も用意して いない。ちょっと下に行ってくるから、お前はこの子と―――…」


にこにこ笑うイギリスが、イギリスじゃなかった。
妖精って何。
この子って誰。



手のひらをそっと僕に向けてくるイギリス。
何か乗っているかのように、少しだけ指を曲げている。



「―――…え?」
「この子と話していればいい。その本に出てくる妖精は、彼女の従姉妹がモデル らしいぞ」




思わず、その手を振り払っていた。
がむしゃらに手を振り回しながら、僕は叫んでいた。




「妖精なんていないっ!いないのになんでそんなこと言うのイギリス!何で僕を 一人にする――――…!!」

ぱんっ。




軽い音がして、目の前を光が飛び散った気がする。
それから少し遅れてじわじわと熱くなってくる左の頬。

呆然と手を当てながらイギリスを見やれば、彼は泣きそうな顔で右手を震わせて いた。



イギリスに叩かれた。



そう理解した瞬間、痛みよりも叩かれた事実にショックを受けた。
そして、同時に彼が今にも泣きそうなことが辛かった。
みるみるうちに涙が溢れるのに、イギリスの怒鳴り声が決定的だった。



「アメリカっ!お前なんて事言うんだ!!妖精は…、妖精はいないと一言言うだ けで一人消えてしまうんだぞ!?」
「――――…っ!」
「彼女が消えてしまった!アメリカ、なんでお前はそんな酷いことをっ…」



うわぁぁぁぁぁあああっ!
イギリスの泣きそうな怒鳴り声よりも、僕の泣き声の方が格段に大きかった。

彼が言っていることはやはり理解できなかったが、彼が哀しみ、そして怒ってい ることは理解できた。


イギリスに嫌われた。


それは僕にとってとてつもない恐怖で、心の底から込み上げてくる感情にまかせ て泣き叫んだ。
嫌だイギリス。
嫌いにならないで、僕を一人にしないで。
お願いだから、傍にいて。
妖精なんてどうでもいいけど、イギリスがいなくなるのは嫌だ!



わんわんと泣く僕を、イギリスはずっと抱きしめてくれた。
抱き上げて強く抱きしめながら、ごめんとずっと謝っていた。
イギリスの首にしがみつきながら泣く僕は、イギリスの声も泣いていたことに気 づかなかった。



今思い起こせばわかる。
もう大分うつろな記憶であるが、あれは確実に泣いていた声だ。



彼にとっての友を亡くした哀しみと。
それを分かち合えない僕への哀しみ。
そして、僕を衝動のままに叩いてしまった哀しみに。













「――…今となっては、叩かれないことのが稀だけどね」
「そうですか」


ひとしきり話して日本の出してくれた緑茶を飲む。
紅茶とは違うが、美味しい。
一番好きなのはコーヒーだけれど日本の出してくれたお菓子にこのお茶は良くあ った。


「日本はさ、どう思う?本当に妖精はいるのかな。彼にだけ見える幻じゃないの かな」
「――…それは、難しいですね。実際、私にも見えないので。けれどイギリスさ んの幻、と決めつけてしまうことも見えない私たちには出来ません」



そう言って日本は座卓の上の袋に手を伸ばして中身を二つ取り出した。
一つは薄っぺらい、今にも飛んでしまいそうな植物の種。
もう一つは塗り薬だ。




「これはイギリスさんが私の家に来たときに半分下さったお薬です。そしてこち らは、イギリスさんが私宛に預かってくれた胡瓜の種」
「……なんで君の家に来るのに、イギリスが薬持ってたり種持ってたりするの? 」
「それは、イギリスさんにしか渡せなかったからです」


にこりと笑う日本は、少し淋しそうだった。
そして日本語特有の曖昧な表現に、僕は眉を寄せて不満を如実に表す。



「わかんないよ、日本」
「ええ。私にも。わかるとしたら…イギリスさんだけ」



日本の言葉に、僕は思いっきり首を傾げる。



「もっとわかんない」
「―――…そうですね。こう言っては失礼かもしれませんが、きっと彼はそう思 っていないでしょうが、イギリスさんが生きにくそうだということが少しだけわ かりました」


コォーン…。
日本の庭にある、竹が岩にあたって気持ちいい音を立てる。
こういうの、何て言うんだっけ。
聞いたけど思い出せない僕を余所に、日本は緑茶を口に運んでそっと外に視線を やった。






「私たちがおいてきてしまった大切な物を、ずっと持っているんですね彼は」

それは日本だけだ。
だって僕には最初からなかった。







「―――あ、シシオドシだ」

僕の言葉に呼応するかのように、シシオドシがまた小気味いい音を立てた。









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日と米。(と英)
どういうシチュなんだとは深く突っ込まないように。
今度はアメリカと妖精のお話。
妖精はいないというと〜…はどこからでたのが思い出せないのですが、そんな話もあったはず。
イギリスにとって妖精は当たり前の存在。
けれどアメリカは子メリカのときすら見えていないと言うことは、この辺ですで に本質が違うんでしょうねこの二人。
アメリカは歴史が短いせいもあるかもですが…。
日本は長いですし。

次でちゃんとイギリスが出るはず。そして一応のまとめ。

07/06/04

反転にて矢印メニュウ。





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