大切な物は置いてきた









「……河童の、妙薬」

日本は目の前に置かれた袋をじっとにらみやっている。
日本に来てからずっと様子のおかしいイギリス。


天狗が手を振っていると言ったり、ガキがうるさいとか言っていたり。
(さりげに口が悪い人です)




一人暮らしである日本の風呂に、先に誰が入っているというのか。
けれど、夕方から夜にかけて随分と長い間一人で入っていられるのかと思えば、 それも疑問である。
長旅で疲れているとはいえ、湯で疲れを癒すのも限度があるだろう。
ましてや日本の風呂は温度が高めである。
日本の風呂になれていないイギリスでは、下手をすれば湯中りをしてもおかしく ない。


けれど彼は本当に堪能してきた様子で、ほこほこと湯気を立たせながら嬉しそう にしていた。



日本は、眉間に皺を寄せながらなおも薬の入った袋を正座で凝視する。
疲れているだろうと、早々に布団に入ってもらったはいいが、この薬はどうする べきか。
日本は自身の布団の上で枕元の薬を見る。
ずっとみても中身は変わらない。


河童の、妙薬である。
イギリスがどうやって使う物なんだ?と笑顔で聞いてきたので調べておきますと 思わず応えて受け取った、ものである。
塗り薬。
傷口に塗ればどんな傷でもたちどころに治る不思議な薬。


けれどそれをそのままイギリスに伝えるのは危ない気がした。
河童の妙薬なぞ、空想の産物である。
本気にしたイギリスが、命の危険があるときに使ってしまったら取り返しの付か ないことになる。
おそらくただの軟膏か何かなのだと思うが、それにしてはなぜ風呂から戻ってき たイギリスがこれを持っていたかが謎だ。
ご丁寧に河童の妙薬なんだってと名前まで述べて。







「―――…河童、さん」

確かに河童は日本の記憶にいる。
悪さをしつつ、けれど気の良い妖怪。
怖いものも中にはいるだろうが、大概は少々悪戯がすぎるだけのどちらかといえ ば親しみやすい妖怪だ。


けれどそれは書物の中の話。
子ども向けの、教訓も込めた想像上の話。
の、はずなのに。







そう思うと日本の心がしくりと音を立てた。
河童などいない。
イギリスに、そう言ったら取り返しの付かないことになる気がした。


「―――…考えていても、埒があきませんね」

日本は、ふるりと頭を振るとろうそくの明かりをふっと消した。
途端部屋は障子越しの月明かりに包まれる。
その光量は相当な物で、今日が満月だと言うことを日本に思い出させた。





ああ、こんな夜なら河童が月見酒をしていてもおかしくないかもしれない。
そう考えながら日本は、寄せてくる眠気に身を任せようとする。







薬は良く効く塗り薬とだけ伝えよう。
そんなことをぼんやりと考えながら、日本は眠りに落ちていく。











翌朝、起きた途端頬を伝った涙と。
心の中にぽかんと空いてしまった空間に、とてもつもない寂しさを感じながら。
日本は、枕元の薬を手に取るのだった。











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河童さんと話せない日本と、話せるイギリス。
長い意識の中でその存在がうつろになるってのはとても淋しいと思います。
妖怪は全ての人に存在を忘れられたら消えてしまうらしいので(らしいというか 、@京極夏彦といいますか)その前兆っぽくて切なかったのです。
昔は話せたけど今は話せないって言うのは。

イギリスが名前しか出ていませんが、日と英でお願いします。


07/06/04

反転にて矢印メニュウ。





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