夢を見た。


とても優しい、自分に都合の良い、夢を。








二律背反 4















アメリカがランプを見つけてきた。
これがあるなら、森の中を探索することが出来る。

木々の生い茂った森は、灯りの一つもなしに行くには少し心許なかった。
入り口を見るだけでも薄暗いのだから、きっと奥に行けばもっと暗くなるだろう。

少し疲れたようなアメリカを一人にするのは気にかかったが、ここにはもしかしたら人がいるかもしれないし(ランプが勝手に放置されることはないだろう)島のことをもう少し知りたい。



知っているような、気配もあった。






「じゃあ、俺は少し森に探索へ行ってくる。お前は少し休んでろ、」
「ああ、頼むよ」

汗を拭いながら素直にそう言うアメリカだから、本当に疲れている。
いつもなら迷うだのなんだの言うくせに、それがない。
イギリスもそんなアメリカに頷いて、森へ歩みを進めたときだった。





「できればもっと遭難してくれれば、いいんだけど」





そんなアメリカの声が聞こえて。
反射的にイギリスの口から出たのは、自国の民謡だった。





「Alas, my love, you do me wrong
 To cast me off discourteously……」

グリーンスリーブス。
懐かしいような、すこし切ない旋律が好きだった。

彼女もこの曲が好きだったな、と思い出す。
イギリスが歌っているのを特に気に入ってくれて、何度もせがまれた。


『イギリス、ねぇイギリス歌って』
『……またか?』
『だってイギリスの声、とっても素敵。私、その唄大好きだわ』


そう言われてしまっては、イギリスも無碍に断ることなど出来ない。
ただこの唄が、彼女の父親を揶揄したとも解釈されているのが気になったが彼女の満足そうな笑顔の前にはそんな危惧は不要だと早々に気づいた。


彼女のおかげで、イギリスは大きく変わっただろう。
その尊敬の念も込めて、女であることを止めた彼女が、少女のように笑ってこの唄を聴くとき確かに自分は幸せだった。




ああでも当たり前なのかもしれない。
だって彼女は自分と結婚したと、宣言していたのだから。
だから、自分の前でだけは少女であっても良かったのだ。




「……Greensleeves was my heart of gold
And who but my lady greensleeves、」




良かった。
彼女がせがむ度に、断らなくて良かった。

この唄は、彼女のための唄だとイギリスは思う。
けれど、この唄を贈るとしたらそれは彼女ではない。







『イギリス唄って。そうしたら怖いの、忘れられるから』






「――…Alas, my love, you do me wrong
To cast me off discourteously…」

何度、歌っただろう。
何度、囁いただろう。

それは遠い昔のことで、今は望むべくもなく。









I have been ready at your hand
To grant whatever you would crave
「俺が森で、遭難できるわけ、ないだろ……」

森にもよるが、大概の森ならばイギリスには道が見える。
木々の流れがなんとなく、わかるのだ。
それはなんとなくであって絶対的な物ではないが、イギリスが森に強い理由が他にもあった。




「―――…生まれてきたばかりか?可愛いな」

小さな小さな妖精が、おずおずと木々の葉に隠れてイギリスを伺っていた。
まだ幼い顔立ちに、種族の中でも小さな体。
伸びきってない手足を見るに、まだ子どもだろう。
成長した形で生まれる妖精が多いが、子どもの形から徐々に大きくなってくる妖精だって中にはいる。


そんな話を、笑顔で聞いてくれる子どもはもういないけれど。




「どうした?邪魔なら出て行くが、出来ればもう少しいさせてくれるとありがたい」

何か言いたそうに見える妖精に、イギリスは笑みを浮かべながら優しく話しかける。
手のひらを差しだしながら、首を少し傾げて問うたが中々応えはもらえない。



このまま歩いても大丈夫かと、イギリスが思案していれば彼女の後ろから光がいくつも飛び出してきた。



「わっ、なんだ!いっぱいいるな!!」


ちかちかと、光を散らして飛んでくる。 目の前を飛び交う彼女たちは、イギリスのもつランプに腰掛けたり髪の毛を摘んだりと、せわしない。




くすくす笑いながら耳元で何事か囁いていく彼女たち。
気づけば小人が妖精の手を引いて、イギリスの足下にまで来ていた。
イギリスはしゃがみ込みながら、ランプを置いて二人に両手を差しだす。
小人が煽動して妖精と二人、ちょこんと手のひらに収まったのを確認してイギリスは立ち上がった。




「お前、やっぱり生まれたばっかりか」

先ほど、妖精が教えてくれた事実を口にしてイギリスは微笑みかけた。 相変わらず返事はないが、こっくり頷く彼女はイギリスをじっと見つめている。
期待が多大に含まれたその視線に、イギリスは少しだけ苦笑して目を閉じた。




こんな風に、見つめられるのは何となく照れくさい。
さくさくと、丈の短い草を踏みしめながら奥へと誘われていく。 空色の青い瞳が、余計にイギリスを落ち着かせずに多少の動揺を共いながらイギリスは歌いはじめた。








「My men were clothed all in green
And they did ever wait on thee
All this was gallant to be seen
And yet thou wouldst not love me.」






少しだけ、足が重かった。
怠いような感じがするのは、夢見のせいだろうか。






「Thou couldst desire no earthly thing
but still thou hadst it readily.
Thy music still to play and sing
And yet thou wouldst not love me――…」




目の前にアメリカがいて、泣きそうな顔をしながら俺に抱きついてくる。
怖い物が苦手なクセして、怖い物を見たがるから寝られなくなる。
暗闇に怖いものなんていない。
いくらそういってもアメリカは眠れなくて、よく唄ってやった物だった。

夢で唄っていたのはなんだったろう。
夢で、聴いた歌はなんだったろう。







「―――…っ、Ah, Greensleeves, now ……farewell…」



クイーンズの響き。
穏やかなアメリカの声。
空色の瞳が、細められて。

 『He loves me,He don't,
  He'll have me,He won't,
  He would if he could,
  But he can't
  So he don't……』





いつかイギリスがアメリカに歌った唄を、アメリカが歌う。
そんなこと、あるわけがないのに。




それなのに、その歌を聞いた自分は、とても幸せだった。
優しい声と、旋律と。

柔らかな、温もりと。










「―――…バァカ」





聞こえないと、思ったのか。
耳に付くアメリカ英語。
ため息と共に、伝えられるそれは体を冷たくする。







今のアメリカを見ないイギリスを、アメリカは嫌っている。
だけど、昔のアメリカがいて今のアメリカがいる。







「俺がしたことは、全部なかったことにするつもりなのかよ…」






俯くイギリスを、優しい光が包み込んだ。
鈴の音のような、透明な音が辺りに響く。


風が通り抜けていくのに、イギリスは空を仰いだ。






そこにはまぁるい空が、イギリスを見下ろしていた。










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イギリス視点。
本当は全部アメリカ視点で行こうと思ってたんですが、グリーンスリーブスで一気に書きたくなりまして…!
思わず出張ったのは某女王様。
彼女とイギリスの話もかいてみたいです。
私は国家と結婚したのですって、告白ですよね…!!

一応一個前の話と対です。
互いに背中合わせだからベクトルの方向が同じであっても真逆になっちゃう。
フランス兄ちゃんも次で書きたいと思います。(微妙に続くのか…?)

07/06/24(反転にて矢印メニュウ↓)





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