夢の終わりはあっけなく。
非日常が続けばそれはすでに日常で。

世界はいつだって回ってる。








二律背反 5













「お前ら…なにやってんだ?」
「フランス!」

かけられた声は聞き覚えのある物で、振り返ればフランスが呆れたような 顔をして立っていた。
その瞬間胸に過ぎった物は影だったか、安堵だったか。

どちらともわからない感情は、決着を付けることもなく霧散する。
フランスの後ろでこちらを見やっている少女は誰だろう。
きっと少女も同じ事を思っているのだろう。
フランスの服を引っ張って何事か囁いている。
会話は微かに聞こえてくるが、アメリカには理解できない所を考えるとフ ランス語なのだろう。
フランス語が全く理解できないわけじゃない。
けれど得意でないことも確かで、聞かせようとしていないフランス語を聞 き取ることはまず無理だ。
少女は流暢にフランス語を口にしている。
ならばあの少女はフランスの支配下にあるのだろうか。
まだ小柄な体に不似合いな大きな魚を片手で抱えているその姿は勇ましく もあって、アメリカはふと笑いを零した。

腰をかがめて何事か少女に囁いている様子は微笑ましい。
フランスは面倒見が良いから、きっと良好な関係を築いているのだろう。
良く焼けた健康的な肌に、レモン色のワンピース。
この熱い陽射しに負けることなく、裸足の少女はきっと「ここ」なのだ。
ならばこの場所は無人島でも何でもない。



「そうか…ここは、セーシェルか……」



イギリスの声が、ぽつんと落ちた。
その声にフランスが顔を上げて、アメリカもイギリスを見やった。
イギリスは少女のことを知っているのだろうか。
ふらっと手を挙げて髪をかき上げる。
疲れたような表情を、アメリカは遭難してから初めて見た気がした。

森から帰ってきたイギリスは、上機嫌そのもので。
いつものイギリスだったから、アメリカもいつものアメリカでいられたの に。


そんな声を表情を仕草を今更、なんで。



「イギリス!」
フランスが驚いたようにイギリスに近寄った。
イギリスもそんなフランスを邪険にすることもなく、二人で何事か話し合 い始めた。

いや懸命な判断だろう。
アメリカもイギリスも、遭難してはや数日。
体力があるアメリカですら疲労は隠せない。
ならば今この場所でフランスとやり合うことは、愚行としか言いようがな いだろう。
フランスのおかげで場所の特定をすることが出来て、移動手段も手に入れ ることも出来るのだ。
きっとイギリスはここに至るまでの経緯を話し、フランスと交渉している のだろう。




「……何も、イギリスだけで話進めなくてもいいんだけど」



アメリカの言葉に、少女だけがこちらを振り返った。
けれどすぐに、二人の話し合いにと戻ってしまう。
すべて憶測なのは、わからないからだ。
イギリスは何故かフランス語を口にしている。
それはフランスの隣にいる少女のためかもしれないが、それのせいでアメ リカはすっかり蚊帳の外にと置かれている。
単語単語は辛うじて聞き取れるが、それでも早口に進められる会話は全て 理解することは出来なかった。


いやだ、と思う。


あの頃と同じだ。
まだアメリカが幼く、フランスと出会ったばかりの頃。
フランスの作る料理は確かに美味しかったけれど、時にイギリスを占領し てしまうフランスがアメリカは嫌いだった。
アメリカに聞かせたくない話を、フランス語でしてしまうからフランス語 が嫌いだった。
ああ、そうか。

アメリカはここでようやく気づく。
だからアメリカはフランス語が得手ではないのだ。
嫌な思い出と繋がることだから、熱心に覚えようとしないしそれどころか 遮断してしまう傾向がある。

会議などでの公用語は英語であるからフランスも当然のように英語を口に するし、アメリカと会話するときはわかりやすいフランス語を話してくれ る。



フランスの気遣いは受け取りやすい。
だから。





「アメリカ!ぼーっとしてんな、俺の別荘行くぞ」

ぽたりと汗が額から頬へと流れて、地面と落ちていった。
聞き慣れた英語を耳にして、アメリカはそこで初めて少女に手を引かれて いることに気づく。
イギリスは、フランスの隣で目を細めてこちらを見やっていた。


「そいつはセーシェル。もう気づいてると思うが「ここ」のやつだ。まだ 上手くないけど、フランス語ならわかるからなるべくそっちで話してやっ てくれ」


フランスが片手を上げてこちらにと歩いてくるのに従い、セーシェルもア メリカの手を引いて小道を上っていく。
木々が影を作っているおかげで陽射しから逃れられてアメリカはほっとし た。
繋がれていない方の腕で額の汗を拭って、小さくため息を吐く。
やはり疲れているのだと自覚して、アメリカはまだ続けられている後ろの 会話に耳を傾けることなく少女―…セーシェルにただ付いていく。


体力的にも精神的にも限界だった。
いつも通りをいつも通りにすることがとても苦しかった。
フランスとセーシェルの登場は、感謝することだろう。


イギリスと二人きりではいられない。
あんなにも息の詰まることはないと、アメリカはつくづく思う。


些細なことで互いが苛々するし、譲歩しようと思っても伝わらない。
きっとイギリスも限界であっただろう。
だから今こうして互いに隣に立つことをしない。
アメリカはセーシェルに。
イギリスはフランスに連れられて目的地へと向かっている。


ざくざくと砂と土の混じった歩きにくい道を行く。




「喉が渇いた、な……」

また汗が伝い落ちていく。
潮風は嫌いでないけれど、体がべとつくのはどうしてもいただけない。
別荘に行けば真水があるだろうか。

そんなことを期待していれば。
目の前は急に真っ暗になっていた。

















「……目が覚めたか、」

目を開けた先にはフランスの呆れたような心配したような顔があった。
額がひんやりとしていて気持ちが良い。
辺りを見わたせば窓辺でカーテンがふわふわ揺れているのが見えて、アメ リカは笑う。
フランスが訝しげにアメリカの額に手をやるのに、また苦笑した。
体全体がとても重い。
起き上がろうとすれば、フランスがため息を吐いて行動を制した。
ここはフランスの別荘とやらのリビングなのだろうか。
開けた窓からは風が流れている。
アメリカはソファに寝かされているのに、そこでようやく気づいて息を吐いた。



「お前、多分熱射病だよ。これ飲んで、まだ横になっとけ」


フランスがグラスを差しだしてきたのを、アメリカは素直に受け取る。
氷がからんと音を立てて、グラスは水滴をいっぱいにつけていた。
涼しげなそれに口を付ければ、体が欲していたのがわかって一気に飲んで しまった。
レモンの酸味が少しだけ口の中に残っている。
フランスが水差しから次を注ぐのに、今度はゆっくりと飲みながらアメリ カはそこで初めて口を開いた。



「イギリスは?」
「あいつは俺の部屋で寝てるよ。お前ら二人とも無茶しすぎって言うか… 、なんで二人揃っててそんな体調悪くするんだよ。イギリスにしたってお 前にしたってそれなりに修羅場くぐってるだろうに…」
「――…二人だからだ、」

フランスの少し諫めるような言葉に、アメリカはそっけなく言った。
イギリスもアメリカも、もしかしたら一人で遭難していた方が余程うまく やったのかもしれない。
海での対処法も森での対処法も知り尽くしたイギリスに、体力は自信があ り、一見無謀なことも持ち前の行動力でやり遂げてしまうアメリカ。
二人が揃えば、ほとんどのことを切り抜けられるだろう。

けれどそれが出来ないのは、それは。





「――…俺は倒れたんだよな…。イギリスはなんて言ってた?」
「何も?お前とほとんど同時に熱出してぶったおれたんだし、今は薬が効 いて寝てるから暫くおきねぇよ」
「イギリス…、まだ熱があったのか…」

アメリカは、フランスから告げられる言葉に愕然とする。
からんと氷がグラスの中で揺れたが、アメリカはそれに反応することもな い。
イギリスが熱を出していたのは知っている。
それを看病したのは他でもないアメリカだ。

ただ彼は次の日にはアメリカよりも早く起きて行動をすでにしていたけれ ど。
それは全部、彼の強がりだったというのだろうか。

アメリカの前では頑なに兄であろうとする、彼の強がりだったのか。



「……イギリスもお前の体調不良に気づけなかったんだから、んな顔する なよ……」
「熱があれば仕方ないだろう…!」
「なら熱さでぼーっとしてれば仕方ないっての」

ったく、とぼやきながらフランスがアメリカの頭を撫ぜた。
子ども扱いのそれにアメリカは不満を覚えたが、髪の毛をかき混ぜられる 感触は心地よかった。
懐かしい、優しい手のひらの感触。



それはもう、今は望むべくもなく。






「……連絡、もう少し遅くすれば良かったな…」
「連絡…?」
「お前と、イギリスの所の上司。しないわけにはいかねぇけど、流石に騒 いでたし……。すぐに迎えを寄越すって言ってたのを体調不良だからって 明日にして貰ったんだけどな…」

フランスが少し困った顔で笑っている。
頭を撫でる手は変わらず、アメリカの手に握られたままのグラスをその手 にとってサイドテーブルにと置いた。
アメリカはフランスの言葉の真意がわからず、きょとんと瞬きをする。
眠っている間に、上司に連絡をしてくれていたフランスに感謝こそすれ責 めるわけがない。
それなのに失敗した、と言う顔をしているフランスにアメリカは首を傾げ た。





「お前、イギリスとまだ一緒にいたかっただろ」





暫く、国に缶詰だろうしなぁと続けるフランスに、アメリカは思わずつか みかかる。
けれどフランスは驚くこともなく、冷静にアメリカの手を取ってソファにとその体を押し返した。
アメリカは顔に血が上るのを抑えられない。
怒りではない。
けれど図星を指されたというのも違う気がする。


アメリカは、これ以上一緒にいられないと思っていたのだ。
フランスの言葉と真逆だ。

なのになんで、こんなにも動揺しているのだろう。



「どうっ…してっ……!」

アメリカは昂ぶる感情を必死で抑えようと努力しながら、けれどフランス を睨み付ける。
フランスはそんなアメリカを静かに見返している。
なんでそんなことを言うのだろう。
なんでそんなことを言われなければいけないのだろう。


海を挟んでいるとはいえ隣同士のフランスにはわからないだろう。
イギリスと隣にいるのが当たり前なフランスには、わからないだろう。




「一緒になんか、いたくない……」

イギリスと一緒にいるだけで、こんなにも弱くなる自分が認められない。
アメリカは込み上げてくる感情を止めることもなく、そのまま吐き出した 。
陽射しに晒されて伝っていった汗と同じように、今度は涙が頬を零れ落ち ていく。
まるで子どものように感情を剥き出しにしてしまう自分が嫌だ。
アメリカが何よりも嫌っているのは子どもの自分だからだ。


イギリスと一緒にいると、子どもになってしまう。
子どもの自分を、イギリスは守ってしまう。



それは、アメリカが望んでいないこと。
何よりも厭うて、そこから決死に抜け出したというのに。



「フランス、そんなことを……簡単に言わないでくれ…!」



フランスには気を許すイギリス。
アメリカといれば、肩に力を入れて無理をする。
フランスとイギリスならば「喧嘩」になるのだ。
それがどんなに羨ましいか、フランスは知らないだろう。


アメリカとイギリスだとどうしたって一方通行になる。
イギリスが一方的に怒り、アメリカはイギリスを傷つける。




傷つけてしまうから。
これ以上は一緒にいられなかった。

フランスの登場は悔しかったけれど安堵した。
二人きりは終わってしまったけれど、これ以上イギリスを傷つけないで済 むから。


二律背反にこれ以上苦しまなくて、すむから。











「一緒にいると、イギリスを傷つけるから、一緒になんて、いなくて良い」

だからそんな無責任なことを言うなと、アメリカはフランスに笑って見せ た。
泣きながらの笑い顔はひどく格好悪いことだろう。
フランスは黙ってタオルを差しだした。

アメリカもタオルを受け取る。


顔をタオルに埋めれば、フランスはまたアメリカの頭に手をやった。
アメリカもその手を拒否することはない。




「お前らって、本当に馬鹿だな」




今更だ。
アメリカは抗議の意味を込めて、フランスのタオルで思いっきり鼻をかんでやった。
サイドテーブルに置かれたグラスは、外の陽射しに背反するようにからん と涼しげな音を立てた。







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大変お待たせしましたー。
去年の初夏から書き始めていましたが、最後のこのお話だけが途中だけで ずっとストップしておりました。
続きをご所望してくださった方本当にありがとうございます。

きっと米英は二人きりだと息が詰まると思われます。
好きすぎて擦れ違う二人だと思います。
だって互いが互いに求める二人が違うんだもの。(え)
第三者から見れば両思いで、少しだけ言葉にすれば分かり合えるのになん て思っているのでフランス兄ちゃんの言葉になるわけです。
今回の兄ちゃんは本当に兄ちゃん。(なにもないわけでもないですが )
フランス語で会話している英と仏も、機会があれば書きたいです。

今回は全部通してタイトル通り二律背反な米英でした。
二律背反は一応これで完結となりますが、これに絡めてまた米英を書きた いです。

セーちゃんの描写は相当趣味。
あと麦わら帽子被せて向日葵抱えさせたかった、よ!話の筋に全く関係な いので入れませんでしたが、仏の部屋で寝ている英の所にいるのはセーな のでそっちもかけば入れるつもりでした。蛇足蛇足。


08/02/23





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