思い出す。
まだ遊んでいたいのに、陽が沈めば家へと帰らねばならない。


夜の帳が降りた部屋で聞こえるは優しい声。



休日が終わる。
彼が、帰る。







二律背反 2









「……調子に乗りすぎだ、馬鹿」
「だからごめんって言ってるだろ?明日は僕も手伝うからさ」


こちらに背中を向けているイギリスは、そんなアメリカの言葉に小さく鼻を鳴ら しただけだった。
二人が寝ているところから数メートル。
壊れたいかだが転がっている。
昼間海ではしゃいだアメリカが壊してしまったものだ。
イギリスは随分と怒っていたが、やがて体力を無駄に消耗する物と考えたのか今 では随分と静かになっている。

ふらふらと横になるイギリスに、アメリカはどうしようかと考えて自分も眠りに つくことにした。
やることなど他にはない。
イギリスが寝てしまえば相手にしてくれる人はおらず、それはえらく淋しい。
なんのためにやったのか、とアメリカは小さく息を吐いた。





(僕だって、壊すの大変だったんだぞ)





決してイギリスに聞かせてはならないことをため息に込めて、アメリカはいかだ の残骸をみやった。
イギリスが作ったいかだはいかだといえどもきちんとした物だった。
材料自体は最良と言えないが、要所要所は抑えてありある程度の波なら壊れはす まい。
アメリカが必死で遊ぶ振りをして、どうにか崩した代物だった。
壊れたいかだをイギリスが点検すればすぐにその不自然さに気づくだろう。
ただイギリスは壊れたことと、アメリカに怒りをぶつけることが精一杯でそれは していない。
明日、彼が気づく前に処分なければとぼんやり考えていれば、寝た物だと思った イギリスから声がかかった。




「なぁアメリカ」
「どうしたんだい?」
「昼間は暑かったけど、夜になると結構冷えるな…」





ごそごそと体勢を変えている気配がする。
アメリカが顔だけをイギリスに向ければ、イギリスはこちらを身体ごと向けてい た。
イギリスの吐く息が白いのに、アメリカはむき出しの腕をさすりながらその言葉 を肯定する。




「不本意だけど、その意見には同意だな」
「……だよな、」



確かに少し肌寒い。
けれど耐えられないわけでもなく、現にアメリカは半袖なのだ。
逆にイギリスは首元までしっかりとボタンを締めたシャツを着て、顔を赤くして いた。
見るからに寒そうなイギリスに、アメリカが寒いと同意すれば彼の目に現れる明 らかな心配の色。

今にも大丈夫か?なんて聞いてきそうな彼は、けれど違う言葉が口を出ていた。






「さぶっ……」
「……なにもしないよ?」

大きく震えるイギリスに、アメリカは自分でも嫌な笑いだなぁと思いながら口端 を上げて見せた。
ああ、この笑いフランスに似てるんだ。
イギリスと話してるときのフランスに似てる。
それは嫌な笑いになるはずだ。


そんなとりとめのないことを考えていれば、イギリスは勢いよくアメリカに背を 向けていた。





「お前なんか当てにしてねぇよッ!明日は早いんだからなとっとと寝ろばかぁ! 」
「君が話しかけなきゃ寝てたよ」

こうもぽんぽんと、よくイギリスの神経を逆なでる言葉が出ると思う。
明らかに動揺したイギリスの空気が伝わってくるが、アメリカは小さく歌ってみ たりして気にしない振りをした。


イギリスの言葉は本当だ。
イギリスが寒いからアメリカに頼ろうとしたのではなくて、アメリカが寒かった らなにかしようとしていたのだろう。
きっと不本意ながらも仕方ない振りをして一緒に寝たりとか、イギリスが寒かろ うと上着を貸してくれたりとか。


ただアメリカの方が寒さに対して明らかに強いだろう。
それこそ昔は大きく見えたイギリスだったが、アメリカが成長した現在彼は華奢 なカテゴリだとわかる。
全体的に小さいアジアの中国や日本に比べれば、まだマシかもしれないがそれで

も随分と細い。
顔なんかは彼らに引けと取らないほど幼いと思う。
基礎体力がアメリカの方が上回っている今、より身体が冷えるのはイギリスだ。



なんだかんだ言っても、イギリスにとってアメリカは『可愛い弟』の部分が未だ ある。
それは過去を大事に扱う彼だからこそで、アメリカはしらず息を吐いた。







あの頃の自分とは違う。
けれどあの頃の彼が見え隠れする度、嬉しい自分がいる。

欲しいのは弟じゃないのに。
けれど本当に弟じゃなくなったら、イギリスが見る目は本当に変わってしまう。

それが怖くて手を伸ばせない。
ヒーローだから。
ヒーローなのに。


そんなことばっかり、彼といると考えてしまって苦しい。
苦しいのに。










「―――……イギリス?」

むしゃくしゃする気持ちを誤魔化すように髪をかき回せば、妙な音がそれに混ざ った。
最初は風か何かの音かと思ったけれど、極近くから聞こえてくる。
虫や、木々の揺れる音に混ざってか細い声。


イギリスの様子がおかしいことに、ようやく気づいた。




「イギリスっ」



慌ててアメリカは起き上がって彼の様子を確かめる。
短く荒い呼吸を繰り返しているイギリス。
額に滲む汗が、頬を伝ってぽたんと地面に跡を作った。

膝を抱えるようにして小さく丸まっているイギリスは小刻みに震えている。
確かめるように額に手を当てれば、伝わってくる異常な熱。




寒いはずだろう―――…!

アメリカはイギリスが問うてきた時点で気づけなかったことに舌打ちして、急い で自分の上着を彼にかけた。
しかしそれで震えが収まるはずもない。

薬なんて上等な物があるはずもなく、アメリカはとりあえず水を飲ませることに した。
昼の間にイギリスが海水から蒸溜させて溜めた水だ。
塩辛さは全くなかったから、問題ないはずだ。
其処まで考えてアメリカは思う。
イギリスは、昼間水を飲んでいただろうか。


どう考えても彼が水に口を付けているところが思い出せなくて、アメリカはまた 髪をかき回した。
なんてことなんだろう。
こんなところでも、イギリスはずっとアメリカに与えてばかりだった。
アメリカはそんなことにも気づかず、一人で自分の考えに捕らわれていた。



悔しい。
今や世界一の大国とはアメリカなのに、母国であるイギリスのことすら満足に手 を伸ばせない。




アメリカは目の奥がつん、と痛むのを堪えながらイギリスの口元にペットボトル の口をつけた。
けれどイギリスは意識が混濁しているのか飲もうという気配すら見受けられない 。
頼むから起きてくれ、と頬をたたいてみるがイギリスはぜぇぜぇと荒い呼吸を繰 り返すばかりだ。
熱中症かもしれない。

頬のかさついた日焼け部分を指で辿りながらアメリカは唇を噛んだ。
熱もあることから疲労から訪れる発熱かもしれないが、熱中症も考えられた。
それならば少し海水を混ぜた方が良いかもしれないが、疲労しているときに塩分 以外も混じった水を飲ませるのも問題な気がする。


アメリカは悩みながらも、ひとまずは水を飲ませることにした。



イギリスを抱えて、少しでも風が避けられる木の下にと移動する。
幹を背中にしながらアメリカはイギリスの身体を覆うように抱きしめた。
今や自分がイギリスを抱えることになるとは、と苦笑しながらアメリカは水を口 に含んだ。



幼い頃、熱を出した自分の傍にずっといてくれたイギリス。
額に冷たいイギリスの手が置かれることが気持ちよくて、繋がれた手は朝になっ ても外されない。
とくとくと規則正しいイギリスの心音に、どれだけ落ち着いたことだろう。





それは全て過去の話。
いま、アメリカが熱を出したとして(風邪を引いた事なんてないけど)イギリス はあんな風に看病してくれるだろうか。
そう自問自答して、アメリカは首を横に振る。
答えは、yesだ。
口から出される言葉は辛辣で、それこそ昔とは全く違うのだろうが行動自体は変 わらないに違いない。


どうして、そうなんだろう。
昔のお前は可愛かった。
昔のお前のが良かった。

そう言いながら、昔の自分へと同じ行動を取るイギリス。




あんなに辛い思いをして独立したのに。
欲しかった物は何一つ手に入らない。
手に入らない所か、手から離れてしまった物だったあるのに。








イギリスの顎に手を掛けて上を向かせる。
眉間に皺を寄せて、弱々しく呼吸をしているイギリスに泣きたくなりながらアメ リカはそっと口を重ねた。

イギリスが水を嚥下する。
それを見届けて離そうとすれば、本能的にかイギリスがアメリカにとしがみつい てきた。
もっと水が欲しいのだろう。


乾いた咥内は、アメリカが与えた水でなんとか潤っている。
もう、この分なら水ぐらいは一人で飲めるに違いない。




そう、わかっているけれど。









「――…まだ休日は終わってないよね、イギリス」

明日が来るまで、まだ時間がある。
海に囲まれたこの島で、他に誰もいない。


だからこんなのはただの絵空事。
明日になれば忘れてしまう、夢のようなものだ。





アメリカは自身で水を口に含んでイギリスに水をやる。
イギリスの瞼がひくりと震えて持ち上げられようとしたが、アメリカは手のひら で額ごと目を覆った。

何かを探すかのように手が動けば、その手を絡め取る。



何度かそんな動作を繰り返せば、少しだけイギリスに刻まれた皺が和らいだ。
アメリカはそんなイギリスにほっと息を吐きながら、汗で張り付いた髪を払って やる。



明日には、帰らなければならない。
ここでイギリスの回復を期待できるわけもなく、互いの国でも心配しているだろ う。(心配、と言うレベルは超えていると思うが)




「―――…め、りか…?」

静かにイギリスの身体を横たえて、包み込むように抱き込んでやる。
まだ震えている身体をより抱き寄せれば、イギリスが小さく声を上げた。
顔を覗き込めば、ゆうるりと目を開けている。
目元が赤く、潤んでいる緑の瞳はどこか遠くを見ている気がした。




「イギリス、寝てて良いよ」
「――…アメリカだって、寝ないと駄目だ」
「君が寝たら寝るから」
「……全く、世話が焼ける……」




昔、彼がしていたみたいに額にそっと口付ける。
あまりに自分でも自然な動作で、アメリカはそのことに苦笑した。


過去を置き去りに目を向けないようにしているのに、それでもふとしたことに昔 が現れる。
どうしようもない、とひとりごちればイギリスがアメリカの顔を両手で挟んでく る。
ふわふわと微笑む彼の顔は、やっぱり昔のままだった。





『Hush, little baby, don't say a word,
 Papa's gonna buy you a mockingbird. 
 If that mockingbird won't sing,
 Papa's gonna ……』

「――――――……っ!」


耳元でイギリスが優しく唄を歌う。
昔良く歌ってくれた子守歌。

熱のせいで掠れた声が、それでも柔らかな旋律を生み出している。








ああなんて優しくて。
なんて酷いんだろう。










「イギリス、僕はもう、此処にいるんだよ…」

君の背中に庇護されてるんじゃなくて。
君を腕に抱けるぐらい、大きくなったのに。

それでも君はまだ可愛いアメリカでいろというの。






「……イギリス、寝よう。僕も、寝るから」
「ん、」

全ての思いを飲み込んで、アメリカは精一杯笑顔を作った。
あちこち引きつった、出来損ないの笑顔だったがそれでもイギリスは安心したよ うに目を閉じた。

頭を抱き込めば、発熱特有の熱くさい匂いがした。
それに混じって緑の香り。
イギリスは、海に囲まれてるけどいつも森の匂いがする。
季節によって、濃かったり落ち葉の匂いだったり。


昔と変わらないイギリス。
いつもは気にならないけど(気にはしてるけど)、今はこんなにも泣きたくなる 。




駄目だ。
僕はヒーローなんだ。
ヒーローは泣いたりしないんだ。









『He loves me, He don't,
 He'll have me,He won't,
 He would if he could,
 But he can't So he don't.』

でも今は休日だ。
ヒーローにだって、休日ぐらいはあってもいいじゃないか。








アメリカはイギリスに昔教えて貰った唄を、口ずさみながら。
一筋だけ、涙を流す。









空一面の星。
空が白けて星が消えていく。
休日が、終わる。


抱えた矛盾はそれでも消えない。













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米英続き。
米英遭難は一応アレでおしまいなのかなーと思いつつ、暴走にも程がありますね (ニコリ!)
擦れ違い両思いにて、暗いアメリカです。

イギリスは笑わなくなった、怒るようになった以外はアメリカに対して同じだと 思います。(その前者二つで充分違わないか)
なんだかんだで何かあれば心配するイギリスが、アメリカにとっては辛いんだろ うなーと。
で、そのせいでいつもイギリスに爆弾投下してしまう感じ。
所詮その辺が子どもな感じで。
アメリカはピーターパンっぽい…。
そしてイギリスは森の匂いがする気がします。
森に入り浸ることは出来なくなっても、絶対要所要所で森へ行く人。

途中で使ったのはマザーグースです。
マザーグースも、子メリカ時代は微妙ですが童歌ならいいかな…と使用。
マザーグースでお話作ってみたいです。

反転にて矢印メニュウ。





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