シュプレヒ・コール









「――――…きっ、さかき、さかきっ…!」
「おう、」
「…った、賢木…!よかった…、本当に……!」


少しくぐもった、けれどしっかりと賢木が返事をする。
皆本はそれだけでまた視界が滲むのに、小さく頭を横に振った。
ぽんぽんと、優しく髪を撫ぜられて。
いつもと逆だな、と思ったところで皆本は慌てて体を起こした。


賢木は、そんな皆本の行動をどうしたと視線で追っている。



「賢木っ、す、すまない!君は怪我してるのに、傷に障るような真似を…」
「ああ?別にそんなの今更気にするなよ」
「気にするに決まってるだろう!?それにそれだけじゃないっ!無理に話さなくても、君なら十分――…」


皆本が言い終わるよりも先に、賢木が小さく肩を竦めて自らの酸素マスクに手をやった。
いまだつけていなければならないそれを外すのを、皆本は止めるが賢木はそれを聞き入れない。
マスクをつけているのに十分聞き取れた声は、同時に思考を皆本に流していたのだろう。



そんなことにも気づかないで、本当にどうかしていると皆本が頭を抱えていれば賢木は苦笑しながら上体を起こそうとしていた。
皆本が今度こそ止めようと手を伸ばせば、逆に賢木に手を取られる始末で。
やはり出直せばよかったと、ため息をつく皆本に賢木は口を開いた。



「ちゃんと声を、使いたいんだよ」
「……でも、」
「平気だっての。熱が出たのも傷が傷だからだし、むしろ体が治してる証拠なんだぜ?」
「――…それでも!君は重体だったんだ!!もう少し自分を労わってくれ!」



いま賢木はリミッターをつけていない。
そうなれば皆本の思考を透視ることは容易く、それに透視ようと思っていなくとも皆本はこれだけの強い感情を抱えているのだ。
触れるだけで簡単に流れて行ってしまうのだろう。

賢木は皆本の言葉に、困ったように眉を寄せた。
皆本は、いつもの調子で強く言い過ぎたとはっと口を噤む。

感情のコントロールがうまくいかない。



賢木が、目を覚ましてくれた嬉しさと。
けれど自身をぞんざいに扱う悲しさと。

危ない目にあったことに対する、怒りと。




冷静であろうとしているのにそれが出来ない。
ならば賢木のためには一端皆本は出直すべきだろう。
皆本がこんな様子では賢木は疲れてしまうばかりだ。

けれど、ようやく目を覚ました賢木からは離れがたくて。



立ち去ることも出来ずに、皆本は賢木の手を強く握った。
皆本も持て余す感情を賢木にぶつけてはいけないとわかっているのに。

けれど、この体温を離せない。







「――――…今更じゃねぇ…?」
「賢木……?」
「なーに難しく考えてるんだよ。俺が寝てるときはあんなにわかりやすかったのに」

自分の我侭をそのまま賢木に押し付けている。
そう、思ったからせめてごめん、と賢木に伝えた。

賢木は強く握られた手を、優しく握り返して笑う。
まだ力が入らないのだろう。
皆本はそれなのに皆本のために笑ってくれる賢木に、表情を歪めた。


賢木は、そんな皆本の頬に手を伸ばす。




「『賢木賢木賢木賢木賢木賢木』」
「――――…な、に?」
「お前の声ばっか聞こえてた。ずっと俺の名前呼んでただろ?もう、なんの主義主張叫んでるのかってぐらい、俺の名前呼び続けてさ」




皆本の手を握る賢木の力が、少しだけ強まった。
小さく掠れた声は、まだ賢木の不調を皆本に教えてるのに。

けれど賢木から告げられる言葉を、止めたくなかった。
耳に優しく響くこの声を、聞いていたくて。





「お前のおかげで、目、覚めた」
「賢木………」
「でも起きてもいっつもお前いないからさ、なんの嫌がらせかって流石に思ってたんだぜ?」

賢木が力なく笑うのに、皆本は頭を思いきり横に振って否定する。
皆本こそ、いつもタイミングが悪いと思っていたのに。

なのに賢木が意識を取り戻すきっかけが皆本だったなんて、今更言われてもどうしようもない。



「―――…皆本、」



賢木がふっと手を離した。
皆本がその手を追おうとすれば、そっと手を上げて待てと一定の距離を保つ。


透視んでしまうことも、透視ませてしまうことも完全に遮断するためだろう。
賢木の持つ力の強さならば、この距離の皆本の思考ぐらい透視むことは可能だ。
完全に繋がりを断ち切っているわけではない。
皆本の足元から床、そして賢木が寝ているベッドまで続いているわけだから本気を出せば透視めるだろう。


ただ、そこまでするには賢木の体調は万全ではないし、逆に直接触れていてコントロールすることは難しい。



そういえば声で伝えたいと、最初に賢木が言っていたと皆本がぼんやり思っていれば賢木は真っ直ぐに皆本を見据えてその口を開いた。





「俺も、お前と同じだった。ずっとお前の顔が見たくて、声が聞きたかった」
「――――…賢木、」
「悪いな、すげぇ心配かけただろ。最後に見たお前の顔も、泣きそうだし怒ってるし早く大丈夫だって、伝えたかった」



ふ、と零す笑みはなんだか泣きそうにも見えて。
皆本はそんなことはないと、やはり頭を横に振って賢木に手を伸ばす。
今度は賢木も止めようとはしなかった。

賢木の頭を抱きこむ皆本に、賢木は小さく笑ったようだった。




「俺が今ここにいるのは、お前がいるからだぜ?」
「賢木?」
「変なこといっぱい考えてたみてーだけど、俺は…お前と会えたから、こうしてバベルにいられるんだし、」



お前がいなきゃ、もっとつまんない人生だったよと。
そう静かに告げる賢木の頭を皆本は強く抱きしめた。

それでもと、伝える声は掠れていて皆本は喉を鳴らした。


もっといっぱい言いたいことがあったんだ。
もっとちゃんとした言葉で伝えたかったんだ。




けれどやっぱり皆本の気持ちをすべて言葉に置き換えることなんて出来やしない。








「君が思ってるよりも、僕は君の事が大事なんだ。絶対に。」
「……それ、は」
「僕のことは僕が一番わかってる。たとえ君がサイコメトラーでも、僕自身の気持ちを否定なんかさせないよ」



なんて稚拙な言葉なんだろう、と思う。
きっと賢木は今皆本のことを透視ないようにと必死だ。
皆本は小さく笑って、賢木の髪に顔を埋めた。

賢木自身の匂いと、柔らかい髪の感触に涙がまた零れそうだった。




「本当に心配したんだ、もう一人であんな無茶はしないでくれ」
「……無茶、したつもりはねーんだけど」
「わかってるよ。そもそも悪いのはバベルで、僕なんだ。けど、君の力はすごいけど…一歩間違えたら死んでたってこと…忘れるな……」



自身で出した声の響きが、ひどく怖い。
一層賢木を強く抱きしめながら、皆本は抱えきれない不安を懸命に飲み込んでいた。




賢木。
ずっと君を呼ぶ声が聞こえていたというのならば。
どんなにうるさく思われようと、呼び続けてやる。


ここにいられるのが皆本のおかげだというのならば。






「―――…ただいま、皆本」
「おかえり、賢木」








ここが君の帰ってくる場所だよと。
何度だって、君に向かって呼びかけてやる。











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多分この後賢木先生ぶっ倒れるんじゃないかな←。

何とか完結しましたシュプレヒ・コール。
どうにかタイトルと繋がったかなーと思いながら、話自体のまとまりが…すいませんorz。

賢木先生は皆本に出会えたこと自体がもう一番の僥倖だと思ってるし、けど皆本はそれだけで十分って思われてるのが悔しいのです。
好きな人に好きだって言うことがとても難しい二人。

次はもう少し糖度が高い二人も挑戦したいですー。
結構いちゃついてるはずなのに、なんかどうしてこう…糖度低いんだろう…orz。
賢木先生を幸せにし隊なのにな…。
ある意味賢木先生は幸せっちゃ幸せだけどそんなひねくれた幸せじゃなくてですね…とのたまいつつ。
次は番外編です。多分反動で相当ギャグテイストだ←

08/09/20





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