君の声が 聞こえるんだ。







シュプレヒ・コール












突発的な任務というのは重なるもので、皆本は欠かさず来ていた賢木 の見舞いを二日ほど断念していた。
チルドレンもやはり能力をフルに使って疲労していたし、彼女たちの フォローもしなければならない。
賢木がいないからこそ些細な変化を見逃さないようにしないと、なに かあってからでは遅いのだ。

まだ小さな体で課される責務の重さに、それでも彼女たちは懸命に応 えている。
ならば皆本が出来るのはチルドレンの負担を最小限に抑えることだ。



嵐のようだった任務を完了して、チルドレンを休ませて。
報告書を作成するためにバベルに戻った皆本は、そのまま医療棟へと 足を伸ばした。
局長からは翌日でもいいと言われている報告書であるし、(それでも 細かいところはある程度まとめておかないと不確実なものになってし まうから、なるべく即日に作成している)賢木の様子が気になった。



意識は取り戻した、と言っていたから今頃は暇を持てあましているか もしれない。
皆本は暇潰しの道具でも持ってくれば良かったと、小さく笑いながら 賢木の病室への廊下を曲がったときだった。



医師と看護士がそろって賢木の病室から出てきた。
その表情が固く、難しいことに皆本は足早に病室へと向かう。

医師が立ち去るのを見やりながら、逆方向―…皆本がやってきた方向 に来た看護士にと声をかける。





「―――あの、何かあったんですか?」
「皆本さん……。ええ、少し賢木先生の容態が変化して…」

皆本とも顔見知りの看護士は、皆本の言葉に少しだけ逡巡して応えた 。
賢木に身内、と言えるような人物はいない。
少なくとも皆本は賢木から身内の話を聞いたことはない。
高超度エスパーが家族に恵まれないことはよく聞くので(皆本自身、 『特別』ゆえに家族とはある意味特殊な関係だ)皆本もその話につい て触れることはなかった。

看護士もそれは分かっているのだろう。
だから所詮は他人、といえど賢木に誰よりも近い皆本に賢木の容態を 話すことにしたのだ。
皆本以外に賢木に近しい人物も、基本的にバベル勤務だから皆忙しい 。
賢木の可愛い彼女達は、賢木がバベル勤務なことを知らない。
ノーマルも数多く所属しているが、それでも賢木はバベルの中でもチ ルドレンに次ぐ高超度だから下手すればすぐに能力者だとわかるだろ う。
バベル内の医療棟に入院していることなど言えるはずもなく、だから 見舞いに来るのは限られた人物のみ。


一番こまめに通っている皆本にだから話してくれるのだ。





「容態が変化って…!」
「大丈夫です、命に別状はありません。ただ傷による発熱で、二日続 いてしまっていました。体力を消耗したのでまだ暫くは安静が必要で す」
「熱の方はまだ…?」
「いえ、なんとか下がりました。抵抗力が落ちているので、それが心 配ですが……」

看護士の言葉に皆本がざっと顔色を無くした。
そんな皆本を宥めるように、落ち着いた声で看護士が冷静に賢木の容 態を説明する。
看護士の言葉に、皆本も急く気持ちを抑えながらさらに問う。
小さく笑みを浮かべながら、それでも思案下に告げる看護士に皆本も 自然眉間に皺を寄せた。


「……あの、入っても」
「ええ、問題はありません。けど短めにお願いしますね」


皆本が控えめに伺えば、看護士は一礼して去っていく。
皆本はため息を吐いて、そっと病室のドアをあけた。





「さかき、」

薄暗い病室の中で、酸素マスクを付けている賢木の姿があった。
皆本は汗で額に張り付いた賢木の髪を払ってやりながら、唇を噛み締 める。


なんて、少ないんだろう。
皆本が賢木に出来ることは本当に少ししかない。

賢木が見返りを期待するような人物でないことを知っているし、むし ろ皆本は少しでも良いから見返りを求めて欲しいくらいだ。

諦めを、覚えてしまっている。
不意に賢木が見せるそんな姿が、皆本をどれだけ悔しくさせているか 知らないだろう。



「―――…透視てくれれば、いいのに」

賢木が、皆本を大事に思ってくれていることは知っている。
ただ一人に差し伸べられた手に、笑顔を見せてくれるようになった賢 木。
そのただ一人に出会えたことが、嬉しいと。


きっとずっと言うつもりはなかったのだろう賢木が、零したその言葉 と。
そのどこまでも柔らかな笑みに。



皆本をどれだけ泣きたくさせたか、賢木は知らないのだ。
賢木が皆本を大事に思ってくれているように。
皆本だって賢木を大事に思っている。



今は、賢木を優先に出来ることが少ないけれど。
それでも賢木が助けを求めたときには。
いつだって駆けつけるのに。




「―――…賢木、いつも君は助けてばっかで」

ぽつ、と賢木の顔に雫がふと落ちた。
ああ拭かなければと思うのに、視界が揺らいで上手く手がうごかない 。

ぱたぱたと皆本の眼鏡に涙が溜まって、また賢木にと落ちていった。


早く目が覚めて欲しい。
皆本が賢木に出来ることは少ないけれど。
それでも、せめて伝えることは出来ると思うから。


いつも一定の距離を保とうとする賢木に、これだけの悔しさを抱えて いることを思い知ればいい。
近くにいるのに、遠いような。


そんな寂しさが、あることがひどく。







「―――…ごめん、賢木」

皆本は小さく頭を横に振って、呟いた。
これでは、また皆本が賢木に求めていることになる。

賢木はなんでもない顔をして、皆本の力になってくれるから。
皆本も、賢木の力になりたいだけなのに。





「今日は駄目だな…。出直すよ」

看護士にも見舞いは短くと言われていたから、このぐらいが潮時だろ う。
なにより皆本がこんなに不安定では、賢木に変な影響を及ぼしそうだ 。



「賢木、」



ゆっくり、体を休めろよと。
額に小さく口付けて、皆本が最後に名残惜しげに髪を零したときだっ た。


不意に、その手首をガッと掴まれて皆本は目を見開いた。
叫び声を上げなかったのは奇跡だと思う。


バクバクと激しく高鳴る心臓を宥めつつ、掴まれた手首を辿っていけ ば、毛布から伸びている褐色の手。
その体温が少し高いことは、低いよりも皆本を安心させた。

生きている証拠だ。
懸命に、賢木が生きている証拠だ。





「……っと、…捕まえ…た…」
「―――…さ、賢木…?」

また皆本の目頭が熱くなるのと同時に、掠れた声が皆本の耳に届いた 。
皆本は慌てて眼鏡を外してスーツの袖口で目元を拭うとまた眼鏡をか け直す。
視界がそれでも見づらいのは仕方ない。



見づらい視界の中で、賢木がきつく眉を寄せながら呼吸を浅く繰り返 している。



「賢木っ!具合悪いのか!?無茶するな、いまナースコールを」
「みなもと、」


いい、と小さく呟いて賢木がゆるゆると瞼を開ける。
掴まれた手首に、骨が当たって少しだけ痛い。
痩せたな、とそんなことをぼんやりと考えていれば賢木はやがてその 目をぱちりと開けた。



賢木の瞳の中に情けない顔をした皆本が、映っている。




「なんて顔してんだ、皆本」






そういって賢木があまりに優しく笑うものだから。
皆本は、次の瞬間思い切り賢木を抱きしめていた。













-------------------------------------------------------------

ごめんなさいもう1話だけお付き合いただければ幸いです…!
ぐるぐる皆本にもうこっちがぐるぐる状態ですが、ようやく賢木先生 と皆本の会話かけたよー。

すげぇシリアスちっくに頑張ろうと思ってたらどうみてもギャグに走 ってしまいました…。
でもこの方が絶チルっぽいよね!←

皆本も賢木先生も家族とはどうなってんだろうなぁ…と書きながら色 々考えてたんですが二人とも別離しちゃってんのかな…。
あまり暗くしすぎるのもあれなので今回はさらりと流しましたがこの 辺もそのうち突きたい次第です。
あと目の色とか何色なんだろう…。
普通に考えれば黒なんだけどカラー見ると茶色だったり琥珀だったりするんで結構悩む…。
私も賢木先生のカラーは特に勝手に塗ってるんであれなんですが、やっぱり表現としてありえるのは琥珀かな。
今更デスが賢木先生が入院してるのはバベルの病院だよね、医療棟だよね。そういう描写もちゃんとわかりやすくいれられるようになりたいです…orz。

皆本さんも、色々勘違いしてる感じで次こそ完結です。

08/09/14





SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送