「―――…で、そこの病室のドアの前でうろうろしてんのも早く入っ てきてくれませんかね?もー気配がすごくウザくて仕方ないんですけ ど」

そこまで言って、ようやく姿を現した人物に。
賢木は意地の悪い笑みを浮かべて見せた。




シュプレヒ・コール







このままでは休まらないから、と皆本がチルドレンを連れて部屋を出 て行ったのは10分ほど前のことだ。
死守してくれたりんごに手を伸ばしながら、賢木は外へと声をかける 。

動揺した気配が伝わってくるのに、ため息をつきながら賢木はりんご を齧った。



皆本の声もそうだったが、この人の声も存分に主張が激しい。
いや、むしろ存在自体がそうであるのだろう。

そんなのがずっとウロウロされていては、折角回復に向かっている賢 木の体も遅れをみせる。
少しでも早く万全の体調に戻すためには、サイコメトリー能力に気を 回さないほうがいい。



だから手っ取り早く、声を使って呼びかけた。
けれど相手はおろおろするばかりで、どうにも埒が明きそうにない。
リハビリがてら迎えるか、と思っていれば同行者が促してくれたよう だ。



程なく病室へ入ってきた人物に、賢木は笑みを浮かべて出迎える。






「局長、お久しぶりですね」
「―――…やぁ賢木クン、元気そうでなによりだ」
「ええ、体は順調に回復してます。けど――…ちょっと、心の傷のほ うが、なかなか」

そう言って賢木は、わざとらしく桐壺から顔を背ける。
背ける直前に涙を浮かべることも忘れない。
おや、それは大変だねとあまり大変そうでもなく話しかける谷崎に賢 木は顔をあげた。



「少しは癒しになるといいんだが。甘いもの好きだろう」
「お、ペニンシュラのケーキ?好き好きサンキュー谷崎さん」



ぽん、と渡された手土産の箱からは上品な甘い香りが漂ってくる。
透視てみれば、中は生菓子二つに焼き菓子が三つほど。
なかなかいいチョイスをしてくれたと、素直に礼を告げれば彼は苦笑 して小さく肩を竦めた。
そして桐壺の方を見るよう促されて、賢木は思わず吹き出してしまう 。


小さくならないだろうその大きな図体を小さな椅子にちょこんと収め て。
透視なくてもわかる纏ったどす黒いオーラは彼の優しさゆえだろう。




「――…その、だね賢木クン」
「なんですか局長?」
「今回の件は、だね…。決して君を信用してなかったわけではなくて ネ…」



手持ち無沙汰に指をくるくる回している様子はいっそ不気味だ。
堂々としていれば、その辺の輩に与える威圧感は並大抵ではない。

賢木は桐壺にはわからぬよう、苦笑しながらそっと顔を伏せる。
谷崎はそんな賢木を興味深そうに見やっているが、特に何も口出しは しなかった。
谷崎の心遣いに内心感謝しながら、賢木はわざとらしくため息をつく 。


桐壺が、途端びくっと身体を震わせるのに谷崎が小さく笑う。
賢木も笑っていたが、あくまで顔は伏せたままだ。




「いいんですよ?だって俺サイコメトラーだし、疑われるのは慣れて ます。仕方ないです、久具津が作った人形なんかに局長が騙されるの は」
「だっ、駄目だよ賢木くん!そんなことを言ってはっ!私が言っては 確かに説得力がないかもしれないが…、ええと皆本くんはずっと君を 信じてた!!」
「……皆本『は』、そうですよね」





桐壺が「は」を強調させた賢木の言葉にビッ、と直立不動になる。
賢木はそっと目元を抑えながら、頭を小さく横に振った。
一層おろおろする桐壺に、けれど賢木はまだ顔をあげようとはしない 。



「違うんだ賢木くん!わ、私だって君を疑ってたわけじゃない!!た だ真実をしりたくて…!!」
「――…いいんです局長、わかってます。俺は別に局長を困らせたい わけじゃなくて、ただ」



賢木が震える声で肩をかき抱いた。
桐壺はそんな賢木に手を伸ばしかけるが途中で手を握り込む。
どうしたらいいかわからずに、谷崎を見上げる桐壺は今にも泣きそう だ。

谷崎は、苦笑しながら首を横に振る。
そんな谷崎に今度こそ桐壺は大きく表情を歪ませた。



さて、そろそろじゃないかと。
谷崎が賢木を見やって口を開こうとしたそのときに、賢木は顔を上げ て桐壺とぴたりと視線を合わせた。



にかっと満面の笑みを浮かべるその顔には、涙の欠片も見えはしない 。







「ただ、からかって遊んでるだけです」
「賢木クン―――――――ッ!!?」
「だーかーらー、分かってるって言ったでしょ。局長が俺のこと信用 してくれてても、局長の立場じゃそんなこと口に出来る筈もない。局 長自身が嫌でも周りはそう見てくれないし、俺じゃなくとも少なくと も内部に裏切り者がいることは事実だ。何にせよ調べなければ行けな いのは組織のトップとして当然だし皆本に調査依頼したことだけでも 、俺に対するすげー配慮だってわかりますよ」


けろっと言いはなった賢木に、桐壺は思わず椅子を倒して立ち上がる 。
どういう事かと視線だけで訴える桐壺に、谷崎がしゃがみ込んで声な き爆笑をしていた。
賢木は自身がしたことながら、まぁまぁと桐壺をとりなしつつそのま まを口にする。

桐壺がぽかんとした表情を浮かべるのに、流石に悪いことをしたかと 思うがこれぐらいの仕返しは許されるだろう。


賢木が桐壺のことを怒っているなんて思うことが、賢木に対して失礼 だ。




「それに、俺自身の裏切りじゃなくても脅迫されてる可能性もある」
「――…賢木くん…」
「サイコメトラーの能力に対する制限がサイコキノやテレポーターよ り厳しくないのは対人に危害を加えることが条件的に難しいからだ。 それだけ、身を守る術が一番ないのもサイコメトラーってことになる 。けどサイコメトリーを使えば、重要機密の暗号だとかそんなのはあ っさり突破できる。一番利用しやすい能力ですからね」



賢木はそこまでいって、桐壺に視線を戻した。
まだ硬い表情をしている桐壺は、賢木をとりまく状況を思い浮かべて いるのだろう。

賢木は自由奔放に見えて、その実バベルに拘束されている。
チルドレンに及ばずとも、彼女たちに次ぐ超度を誇るエスパー。
純粋なサイコメトリー能力ならば紫穂に勝てずとも、透視たことに関 する組み合わせや状況判断は賢木の方が上だ。
総合的には紫穂に劣らない仕事を出来る。

しかし紫穂と決定的に違うのは賢木は個人だということだ。
紫穂は薫や葵と一緒にいることが当たり前で、身の安全はほぼ確保さ れている。
賢木はそうではない。
身体を鍛えていることは確かだし、そこら辺の一般人に負けることは まずないが組織的に来られてしまえばおしまいだ。

だから留学していたこともあり、国内よりも国外に友人や知り合いが 多くとも賢木は勝手に海外へ出ることが出来ない。
渡米や渡欧許可が当然に必要だし、出国する場合もSPが賢木には常に 付くことになる。
能力を利用されないためには当然の処置といえよう。

世界でもまだ少ない超度6。
その上賢木はESPドクターとしても有名だ。
利用価値は高く、その上身を守る術をろくに持たないとなれば狙う組 織が出てきてもおかしくはない。


賢木は海外(どころか国内であろうと)に自由に出られないことに幾 分の不満はあるが、それがわかっていてバベルを選んだのだ。
現状に悲観するほど子どもではない。


だから、桐壺の取った処置は当たり前だ。
賢木を信用していてもしなくとも、調査はしなくてはならない。
そのことに腹を立てるくらいなら最初からバベルに入局などしていな い。




「俺は局長のこと、信頼してますから」
「――――………」
「だからそんな顔しないで下さい。貴方の本心じゃなかったことぐら い、知ってるんです」




泣きそうな桐壺に、賢木は笑って手を伸ばした。
ね、と言い聞かせるかのように少し首を傾げる賢木に。

桐壺は今度こそ泣き出した。







「賢木クン――――――ッ!すまないすまなかったねー!!辛い思い させてしまって!!ありがとうワシのことをそんなにも思ってくれて いてさぁもう我慢しないで良いんだ賢木クン思う存分ワシの胸で泣い てくれ――――ッ!!」
「――――…ッ!!きょっ…、し…!!たっ…!!」





泣くと同時に賢木に飛び込んできた桐壺を、今の賢木が避けられるは ずもない。
小さくひっ!と叫んだが桐壺には聞こえなかったようだ。
高超度エスパーに敵する桐壺の力を、全身に受けて賢木の顔色が段 々と変わっていく。
ぎゅうぎゅうと渾身の力で抱きしめられている賢木は必死でその手を 谷崎に伸ばした。

息も絶え絶えの声に、谷崎はふむ、と顎をさすりながら賢木に問いか ける。



「ええと賢木くん、それは『局長、あの俺死にそうなんですけどつー か死ぬっ!!痛いし呼吸できないし谷崎さん助けてむしろ助けろっ! !』でいいのかね?」
「―――――っ!、ッ!!」



谷崎の言葉に賢木はこくこくと必死で頷いた。
ギリギリと骨が軋む音が聞こえるような桐壺の抱擁に、確かにこれ以 上は賢木の傷が悪化するだろう。
そうなれば谷崎の大事な大事なナオミを治療する最適な人物の復帰が 遅れてしまう。


それはよろしくないことだと、谷崎は病院内利用可のPHSを取り出し た。
バベルの直通ラインにかけてなにごとか会話を交わしている。



しかしすでに賢木にその内容を理解するほどの思考回路は残っていな い。



どうせなら可愛い女の子の腕の中がと思っているのに実際は暑苦しい オッサンの腕の中で意識が遠のいている。
ぐりぐりと頬ずりされて髭がちくちく痛かったりする感触ばかりは鮮 明で本当に涙が出てきそうだ。

と、思っていたらほろりと零れ落ちていった。
美人薄命っていうけどこりゃないだろう神様ああどの神様に祈ればい いだろう。
本当に痛いほどこの人の気持ちはわかったんで罰はよしてくださいっ ていうかコレまでの人生で充分支払ってきた気がするんだけど駄目な のかよ。
ああもう結構ケチだよなぁ。



「賢木先生大丈夫ですかっ!?」
「――…ああ、天使が…迎えに……ありがとう神様ちょっとだけ感謝 してやってもイイ…」
「賢木先生しっかりして!もう局長なんてことしてるんですかっ!!谷崎さん、あとのことはよろしく頼みますっ!私は局長に言いたいこと、沢山ありますので!」

「ああ、勿論了解したよ柏木一尉」



ずるずると、頭に大きな瘤を作りながら引っ張られていく桐壺をぼん やりと見ていた賢木だが、パタンと病室のドアが閉じられたところで はっと我を取り戻した。
谷崎と、ドアとを暫く交互に見やっていたがそのうちにベッドにと上 半身を倒してうめき声をあげる。
谷崎がナースコールすべきかね、と問うてくるのに辛うじて頭を横に ふった。



「嘘だろー…、柏木さんと全然お話出来なかった…」
「柏木一尉には局長を叱るという重大任務があるからね。ところで気 分はどうなんだい、本当に」



項垂れる賢木にを気遣う谷崎に、ようやく顔をあげる。
そういえば、と賢木は谷崎を見やりながら考えた。
桐壺は今回の件をひどく気にしていたようだったが、谷崎はほとんど 気にした様子もなく賢木の悪戯を傍観していた。

今更ながらそれが不思議で、賢木は自分の体調を確認すると同時に谷 崎に問う。




「いや…、それはまぁちょっと意識遠のいたけど平気だし…」
「それは本当に平気というのかね」
「それより、え―と…」



あんたは、俺のことどう思ってたんだ。
と、口にしようとしてその言葉の響きに賢木は口を閉ざした。
谷崎はナオミやチルドレンには敬遠されているが、その実主任として の手腕はバベル内でも一、二を争う。
少しばかりの欠陥はあろうとも、エスパーにこれだけ真っ向からつき あえる人は少ない。

賢木自身も会話をしていて面白い、と思える数少ない人物だ。





「―――…私は、私の人を見る目を信じているんでね」
「……自分かよ」
「それに、以前にナオミの件もあった。どういう状況かはちゃんと調 べないと分からない。それはその人自身を疑ってる、にすぐ繋がるわ けでもないし、賢木くんなら理解してくれるだろうって、思う」



賢木の逡巡を谷崎が汲み取って口を開く。
その胸を張った、自信満々な口調に賢木は乾いた笑いを貼り付けた。
しかし谷崎は気にした様子もなく言葉を続ける。

賢木が少しばかり目を見開くのに、谷崎は不適そうに笑った。




「君は頭が良いし、自分を客観的に見ることにかけても非常に長けている。それが逆に皆本二尉には心配かけることも多いようだけどね?」
「―――…るせぇよオッサン」
「あとやはりまだ若いね!オッサンはオッサンらしく年の功があるか ら、これからも活用させてもらうとしよう」



と、ぐりぐりと賢木の頭をかき回す谷崎の手を。
振り払う気にならなかったのは、疲れたからだと。

賢木は顔を赤くしながら自身に言い訳した。










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谷崎主任も大好きだ!

と、いうことでシュプレヒ・コール番外編。
局長と谷崎さんと賢木先生。
オッサン好きーなので囲まれる賢木先生をずっと書きたかったんだ!
私的賢木先生観を合間に詰め込みつつ。
今回は谷崎主任を贔屓しつつ書いてみました。
多分この人も、ナオミちゃんが関わらなければ良識人だと思うんだけ どどうだろう。
年頃の女の子とあんなに上手くやっていけるのはやはりすごいと…。 。(キティ・キャット時代)(なんだかんだでワイルド・キャット時代も)
あと局長が、あんな命令だして気にしてないはずがないと思うのでこ んな見舞いにしてみました。
意外に真面目に終わったな…。もっとドツキ漫才にする予定が←。

賢木先生はもっと大事にされてること自覚するといいよ!
すごい人生歩んでるけど年の功には弱いといいよ!!

08/09/23





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