シュプレヒ・コール









「本当ですか!?」
「ええ、意識は戻られましたよ。昼間起きられて診断も受けていただ きましたし…、今は眠ってしまわれましたが」


それでは、と丁寧にお辞儀をして去っていく看護士に皆本も頭を下げ ながらほっと胸を撫で下ろした。
賢木の病室前。
見舞いに来た皆本は、出てきた看護士からの話に良かったと小さく呟 く。



「――――…賢木、お疲れ」

静かに入った病室で、皆本は看護士が言ったとおりに眠っている賢木 にそっと話しかけた。
今日は天気が良い。
籠もった空気を入れ換えるように開かれている窓からは、高い空が伺 える。
チルドレン達は学校で、皆本は今日は休暇だった。
普段から整頓されている部屋は、朝食の片づけや洗濯を終わらせてし まえばそんなにやることはない。
掃除を軽く済ませてから、賢木の様子を見に来て皆本は今度来るとき はなにか持ってこようかと考える。

点滴しか受けていないからケーキなどはまだ重いかもしれないが果物 なら食べられるだろうか。
あとで担当の医者に聞こう、と思いながら皆本は賢木にと手を伸ばし た。

普段は隙なく固めてセットされている髪の毛が、今は下りて元の柔ら かさを取り戻している。
こうしてみると大学のときからほとんど変わっていない賢木に、皆本 は小さく息をつく。



「目が覚めて、よかったよ…。タイミング悪かったみたいだけど。今 度は、目が覚めてるときに来られるといいんだけどなぁ…」

指で髪を零せば、少し油分を含んでいる感触だった。
目が覚めたら風呂に入りたいと愚痴るだろうか。
皆本はそんな賢木の様子を思い浮かべて笑みを浮かべる。

「………本当に君は、変なところで子どもっぽいよな」



医者のくせに苦い薬が嫌いだったり。
辛いものが駄目で、甘いものには目がなかったり。

皆本の前で見せるそんな姿を、はやく。
見たいのだと思っていることを知ったら君は拗ねるだろうか。



それが、子どもみたいだと言うのに。




「人前では格好つけてるくせに、」

確かに格好良いんだけど、と。
皆本は小さく呟いて賢木の頬を突いた。


容姿だって頭脳だって身体能力だって人よりずっと優れている。
賢木がその能力の上に胡座をかくような人物ではないと皆本は分かっ ているけれど、やはり誤解されやすいのだろう。


久具津が賢木を狙ったのは、嫉妬だけでも復讐だけでもないとしても 。
久具津が賢木の本心をわかっていたならば。
こんな事態だけは免れていたと、思うから。



「――…僕も、彼の言い分は全く聞かなかったから、言える権利なん てないんだけど」

紫穂が、超度7であり皆本も信頼する紫穂の言葉だから全てそのまま 受け取ってしまった。
透視た相手は同じく超度7を誇る薫であり、その上薫と紫穂の関係を 考えれば紫穂が必要最低限だけを透視ようとしたことは容易にわかっ たはずなのに。
大切な人の考えをむやみに透視たりしない紫穂だからこそ、歪んでし まった真実。



「君だけが彼のフォローに回ったのに、その君がこんな目にあうなん てな…」



最後まであの場に残り、久具津の様子を窺った。
確かに久具津が全く潔白だというわけでもなかったけれど、賢木は誰 かの想い人だとしってまで見境なく手を出したりしない。



「―――…賢木、お前きっと知ってたよな、」

皆本は、俯きながら賢木に話しかける。
眠っている賢木を無理に起こしたいわけではない。
けれど、賢木を目の前にして口にせずにはいられなかった。



賢木は、本当に大事なことは口にしない。
胸に秘めていた方が良いことが多いことを、誰よりも知っているから だ。
知られたくないことを知ってしまえる力を持っているから。
だから賢木は、口を閉ざす。
言葉を、飲み込んでしまう。



雄弁に見える彼の口はその実誰よりも拙く閉ざされているから、受け る誤解。
耳に柔らかい言葉でその場を明るく回す術を身につけて。
沢山紡がれる言葉の中に彼の本音はどれだけ含まれているのだろう。



「――…あの時は夢中で…、気づかなかった」



普段は断る賢木の誘いを、一週間連続で引き受けて。
少し考えれば何か背景にあることぐらい、誰にだってわかる。
それが長い付き合いであり、その上高超度サイコメトラーの賢木にわからないはずは なくて。

いつもは必要以上にその腕を伸ばさない彼だけど、きっと一度くらい は様子を窺ったに違いない。
透視プロテクトをしていることだって、気づいただろうに。
それでも賢木は、笑顔で皆本と接していて。



皆本の行動は賢木のためであり、そして自分のためだった。
賢木はそんな皆本を、どう見ていたのだろう。

とりとめのない話を笑顔で交わしながら、どれだけの不安を押し込ん でいたのだろう。





「――――…賢木、早くお前と話したいよ」

ちゃんと言葉で聞きたいことがあるんだ。
伝えたいことがあるんだ。

賢木になら心を透視まれることだって全く構わないけれど、賢木自身 がそれを拒むから。
だから、言葉で。
いっぱいに伝えたい。







「……っ!」

ザァ、っと不意に風が強く病室にと吹き込んだ。
カーテンをばさばさと舞い上げようとするのを皆本は慌てて立ち上が り、窓を閉める。
賢木は起きなかっただろうかと、皆本が振り返れば彼は皆本が来たと きと同じようにベッドに収まっている。

良かったような、けれど少しだけ残念に思いながら皆本はまた賢木に 手を伸ばした。
昨夜よりは体温の戻った、けれどやはりまだ低い体温に眉を寄せなが ら息を付く。


微動だにしないで、静かに眠っている賢木に。
また昨日の悪寒が皆本を襲って。

そっと薄く開いた唇に、指を伸ばした。
指先に僅かに感じる賢木の呼吸。
けれどそれでも不安が消えなくて、皆本は賢木の肩に手をやって顔を 近づけた。

耳が賢木の唇に触れるか触れないかの距離で、彼の呼吸を確かめてそ れでようやく安堵する。





「―――…何やってんだ、僕は、」

カツっと、窓に小さく何かがぶつかった音に皆本は体を起こす。
そこで自分の格好の滑稽さを自覚して皆本は小さく笑った。

賢木はまだ眠っている。
その能力からか気配に異様に敏感な賢木が、これだけしても起きない と言うことはやはりまだ回復が足りないのだろう。


ならば気配で五月蠅くして無意識に彼を疲れさせるより、今日は帰っ た方が得策だ。



「……またな、賢木」

昨夜と同じ言葉を口にすると、賢木の髪をもう一度だけ指で零して皆 本は病室を後にした。








皆本の足音が、賢木の病室にはもう聞こえなくなったころに彼は目を 覚ます。
ぼんやりと白い天井を見やりながら、小さく、呟いた。






「みなもと…、」
また、いないのかよ。












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皆本さん大丈夫ですか…?と思ったなら勝ちだ!(何が)

今回は皆本が賢木先生をとっても大事に思っていることがかきたいの で皆本さんサイドでぐるぐる思考。
22話みて思ったことも含めつつ。
色々私的賢木先生考も詰め込みました…!中々難しい…。

前回の最後で目を覚ました賢木先生は今回でようやく台詞も。
次でラストなはず…!

08/09/09





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