どれだけ大事に思っているかだなんて。
彼だって本当にはわかっていないのだ。








シュプレヒ・コール












賢木の手術は数時間に及んだ。
傷の箇所は心臓であり、賢木が生命活動を維持していたとはいえ正直 それだけだ。
出血量は抑えられていたが、賢木が意識を手放してしまえばそれも不 可能になる。
全身麻酔が必須な手術で、賢木は準備が整う直前まで能力を発動して いたが医者の用意が出来たの一言で意識を失った。
限界だったのだろう。
賢木が意識を手放した途端、傷口から溢れる血液に皆本は足下が崩れ 落ちてしまうような錯覚に陥った。
しかしそれを許さなかったのはバベルの職員としての役目。
裏切り者が出てしまった事実と、そして賢木の無実を報告しなければ いけない。
久具津を一足先に応援に来た職員に任せて、無理に賢木に付いてきた のだが手術開始となってはそれも限界だろう。
皆本は付いていたい気持ちを必死で押さえ込んで、指揮官の顔でチル ドレンと共にその場を去った。


苦痛に歪む顔。
冷たい身体から、それでも溢れ出る血液。


ゾクリとしたものが背中を走る。
医者の腕を信用していないわけではない。
けれど皆本が信頼している一番の医者は、賢木で。





「―――――…こんなに、この病院の廊下は長かったかな…」




カツン、と嫌に靴音が響く気がする。
チルドレンは、皆本の気持ちを敏感に感じ取ったのか葵のテレポート で先に局長室へと赴いていた。
皆本は気持ちを落ち着かせるために敢えて時間をかけて歩いているの だ。

手術室は遠くなり、手術中のランプが点灯しているのだけがかろうじ て確認できる。
皆本は曲がり角で少しだけ立ち止まってから、意を決したように前を 向いて歩き出した。


そうだ。
いつだってこの廊下を歩くときは賢木が隣にいた。
隣でいつも笑って、言葉を交わす彼がいたから。
いつだってこの廊下が長いだなんて、思わなかったのに。






「賢木、」







隣が、やけに寒々しいんだと。
君に伝わることはきっとないんだろう。
君がいるときに感じることなど、なかったのだから。



















早く目を開けた彼に会いたいと、願ってもう三日が経っていた。
数時間に及んだ手術は成功。
ICUからは出されて個室にと移っている。
けれど賢木は未だ目を覚まさない。


『賢木医師の能力で確かに出血は抑えられていましたが、それでも最 低限の生命活動維持が精一杯だったのでしょう。体力が酷く低下して いました。超能力に関しては皆本さんの方が専門なのでわかると思い ますが、長時間安定させた力を使い続けるのは身体にとって相当負担 です。賢木医師が気を失ってからの出血量も多かったので、身体機能 の低下を補うためにまだ目が覚めないのかと思われます』


医師の話では、ただ眠っているだけだということだった。
きっとその通りなのだろう。
皆本は、点滴がゆっくりと落ちていくのをみやりながら賢木にそっと 手を伸ばした。

賢木の能力にはサイコメトリ以外に、サイコキネシスがある。
彼は不安定な力であるサイコキネシスを公言していなかったから、知 っているのは皆本ぐらいなものだろう。
賢木自身が職員のデータを取り扱ってることもあって、自身のデータ にある程度改竄を加えているのは皆本も知っていた。
あまりよくないことだとは分かっていたが、賢木があまり知られたく ないんだと言葉少なに呟いた横顔が印象的でそれ以上なにも言えなか った。
今回の件でダブルフェイスやワイルドキャットが知ることとなったが 、彼女たちも能力に関して噂を立てることはないだろう。


きっと、目が覚めないのは賢木のもう一つの能力であるサイコキネシ スも関係している。
生体に関して働くその能力は、賢木の著しい身体機能低下に無意識に 働きかけて回復するまで睡眠を取らせているのだ。
皆本も言えたものではないが、賢木もオーバーワークを素知らぬ顔で こなすからきっとそのツケもあるに違いない。



「―――…さか、き」

賢木の、褐色の肌に手を伸ばす。
シャープな線を描く頬にそっと触れて、伝わってくる体温の低さに思 わず身を屈めた。
自分でも常識を疑うが、それでも確かめずにいられない。


毛布を捲って、勢いとは裏腹に丁寧な動作で賢木の胸に耳を付けた。
手術をした傷跡には触れないように。
けれど確かに彼の心臓は動いていることを知りたくて、皆本はひたり と顔を賢木の胸に落とした。



とくりとくりと、ゆっくりとではあるが確かに伝わってくる賢木の心 音に、皆本は視界が揺らいだ。

生きている。
賢木はちゃんと、生きている。




皆本は耳に確かに聞こえた賢木の心音に、深く長い息を付いて顔を上 げる。
少しはだけた胸元をきちんと直して、毛布を被せた。

点滴が落ちる。
静かな呼吸が、繰り返されている。




なぞった傷口の肉の生々しさや、耳奥で響いている心音が確かに賢木 の生を示していた。




大丈夫。
賢木は、生きている。










「――――…また来るよ、賢木」

皆本はまた伸ばした指先を握り込んで、そっと囁いた。
早く。
早く目を覚まして欲しい。

いつものように、皆本と、呼んで。
そして、情けないだろう顔をしている皆本を、一笑して欲しい、から 。






「またな、賢木」

そう繰り返して、皆本は病室を去った。
とうに面会時間は過ぎているけれど、職員特権で無理を通したのだ。
チルドレン達も皆本の部屋で待っている。








静かに閉じられて、また元の静けさを取り戻した病室で。
賢木が静かにその目を開けたのを、皆本はまだ知らない。











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ちょっと続きます。
そう長くなる予定でもないんですが、この辺で切った方が書きやすい のでー。
話の流れは決まってるので間を開けず頑張ります。

アニメ22話の、皆本さんの賢木先生最優先っぷりがあまりに嬉しくて こんなん書いています。
久具津さんが賢木先生に銃を向けてるの、暫く夢に見そうだよ皆本… !
珍しくとても皆→賢な皆賢。(な、はず。どーも糖度が低いんで…)
皆本さんの不安と、賢木先生はちゃんと自分が大事に思われてること を知って欲しい話。

08/09/02





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