そう。
ただ庭が見たくなっただけで。
雨が降っていただけで。


季節は夏を迎えていたから。








薔薇の落日















「――…ううん、出てこないなら壊してもいいよね」

ドアの前でロシアはぽつりと呟いた。
右手で握るはドアノック。
まだそれをドアに打ち付けてはいないが、ドアノックを使ったところで家主が出てくるか怪しいところだった。

ロシアの後ろでは雨が降っている。
豪雨ではないが、小降りというわけでもない。
静かであるが途切れることを知らなそうな雨。
止む気配など見せることはなく、ただただ降っている。

こういう雨が、一番厄介だと思いながらロシアは手を動かした。

規則正しく二回。
雨音で聞こえないかも、と思って先ほどより強めにもう二回。
ロシアは一分ほど待って答えがなければドアを壊そうとひとり頷いた。

なにしろロシアがわざわざ来ているのだ。
この雨の中、誰も連れずにイギリスの元へ。
客人をもてなさずに放置などということ許されるはずもない。
ロシアは首に巻いたストールを口元まで引き上げながら、またひとつ頷い た。


―――…けれど。
ロシアは、時間を数えながら振り返る。
雨はまだ降っている。
静かに、けれど確かに降り続けている。


もしかしたら、雨で聞こえていないかもしれない。
外の音が、聞こえていないかもしれない。
聞いていないかもしれない。


聞きたくないのかもしれない。




ロシアは口元にあった指の爪を無意識に噛んだ。
パキ、と軽い音がして見やれば親指の爪が僅かに欠けている。
ロシアはそれを見て緩く口端を上げた。

「これ、手当てしないとねぇ」

ロシアはそう呟いて、トントンと右足で地面をリズム良く叩いた。
足の具合は良好。
まとわりつく湿気のおかげで気分は最低。

これは、いい蹴りが繰り出せそうだとロシアがひゅっと息を詰めたときだ った。
カタン、と小さな音と共に金属音。
軋む音と共に扉が細く開く。
後ろに引いた足を元通り揃えて、ドアノブを持てば屋敷はあっさりとロシ アを招き入れた。

「―――…イギリス君、が出迎えてくれたわけじゃないのかな?」

足を踏み入れてもそこには誰もいなかった。
だからといって物怖じするようなロシアではなく、ようやく鬱陶しい雨か ら逃れることが出来て清々する。

「ふぅん……」

古ぼけた、けれど手入れはよくされた絨毯を踏みしめて奥へと向かってい く。
右から左、上から下。
ぐるりとあたりを見わたしたロシアは、とりあえず家主に茶を所望しよう と視界の端に入った光は置いておいた。











「イギリス君、すごい格好だね」
「何しに来た」
「何って、お見舞い?すごいね、まだ血が滲んでるんだ。よっぽど手酷く やられたんだねぇ」

その部屋に彼はいた。
明かりも付けない部屋の中、それでも窓際にいるイギリスの顔はしっかり と確認できる。
アンティークの椅子に腰掛けてじっと外に視線をやっている彼の姿は、ひ どく白かった。
ただでさえ貧相な体は余計酷くなったように見える。
真白いシャツだけを羽織って、寒々しさに拍車をかけているイギリスはけ れど何も感じていないようにただそこに在った。

ああ、これは期待できないかも。

そう思ったロシアはイギリスの家にどこにキッチンがあったかと、考えな がら話しかける。
すれば予想とは違う、はっきりとした声が返ってきた。
僅かに目を見張ったのも一瞬のことで、ロシアはそんなことをおくびにも 見せず言葉を返す。
にっこりと笑って見せたのに、当の本人はまだ窓の外を見つめたままだ。




「ああ、お前の言うとおりだ。だから俺は休んでる、お前の相手なんてし てられない」
「休む割には、そんな窓際の寒いところにいてどうするの。怪我だってさ 、包帯替えてる?」


血の気が足りないのだろう肌は白い。
なのにこんな空調も何も効いていない部屋の、窓際にいるから余計にイギ リスの肌は青白い。
着ているものは白いシャツと黒のスラックス。
くすんだ金髪は常時の艶やかさは見事に失っており、緑の瞳は伏せられて いた。
ほとんどモノトーン状態のイギリスに、唯一まともな色を与えているのは 包帯から滲んだ赤。
見たところ鮮やかな色であるから、包帯を替えていないわけではないだろ う。
けれどあの宣言からもう一ヶ月は経とうというのに傷が癒えないというの も、問題だ。



「――…船の上じゃ、物資不足だ。この屋敷に帰ってきたのも本当に最近 だ。それだけだ」
「気持ち悪いね、素直な君って」
「それを言うなら、口だけでも俺を心配する言葉を吐くお前のが気持ち悪 ィよ」



ロシアの視線だけで言いたいことを感じ取ったのだろうか。
欲しかった答えがあっさりと貰えて、今度こそロシアは拍子抜けしていた 。
イギリスはそんなロシアを横目で見て、小さくため息を吐くとようやく立 ち上がる。
口から出るのはいつもの憎まれ口。

ロシアはもう一度にっこりと笑って、イギリスの手を取った。



「足下覚束てないから、エスコートしてあげる」
「いらねぇ、気味悪い」
「だってお見舞いに来てあげたんだしね。君、どうせお見舞いに来てくれ る人いないんでしょ。腐れ縁のフランスくんだって、今回は来づらいだろ うし」

イギリスが手を払おうとするよりも先に、ロシアはそれを力強く握りしめ る。
消耗しているイギリスがロシアの力に敵うはずもなく、言葉も相まって眉 を寄せた。
骨の感触が逆に痛いイギリスの手を、ロシアはにこにこしたまま握ってい る。
何度かイギリスが振り払おうとしたが、その動作は一々却下された。




無言で睨み合うこと、しばし。




外の雨が来たときと変わらない様子をロシアの耳に届けて、ロシアは意識 を外にとやった。
長雨なのだろう。
この季節の雨にしてはやたらに冷たい。
太陽が射す隙を与えずに、水ばかり降っていればそれは冷えることだろう 。
雪でないだけましだけど、とロシアは笑う。
握った手から伝わるイギリスの体温は、いまのこの国を見事に表したかのように冷たかった。




「僕冷たいの嫌いなんだ、早くお茶淹れてよ。ここは寒いから」

そう言ってイギリスの手を引くロシアに、イギリスはなすがままだった。
ああ、やはりらしくないなと。


やたらに雨の音が響く部屋を抜け出して、キッチンへと向かっていった。












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ロシア様とイギリス。
やはりこの二人は楽しい。
同じ寂しがりなんだから一緒にいればいいさと妄想中。
アメリカ独立戦争直後のイギリスはいくら考えても足りない…!
次でまとまるはずー。

07/10/25





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