同じ傷が俺にもある








ひまわり畑の庭 2












「――…なんかお前今日ずいぶん咳き込んでなかったか?」
「そうか?」
「この家古いしな!埃が溜まってるんじゃないかいイギリス!」
「失礼なこと言うな!お前じゃないんだから掃除は――…けふっ、けほけ ほっ…ふっ…」
「あー、お前どっか悪くしてんじゃねぇの?経済状況悪化とか」



会議はつつがなく終わり、解散となった。
中国が逃げ去るように宿泊所へ戻ったのは、きっとロシアのせいだろう。
ロシアもフランスも会議の間中ずっと中国を構い倒していた。
特にロシアの構い方は尋常でなく、中国に対してイギリスは流石に申し訳 なくなった。
きっと、イギリスの言葉がロシアの機嫌に少なからず(というか大方)影 響している。

イギリスが見送ることもそこそこに消えた中国に遅れて、フランスとアメ リカも玄関にとやってきた。


フランスの言葉になんと答えたものか考えていれば、アメリカが余計なこ とを言ってくる。
けれど助かったことも確かでそれに乗ろうかと思えば、逆にまた嫌な咳が 出た。
フランスが茶化したような言葉で心配してくるのに、まずいと思う。


フランスはこういうことに関しては昔から勘が鋭いのだ。
隣国ゆえ影響が受けやすいのも関係しているが、それでも世話を焼かれて いる。
経済状況悪化、ではないがそこから展開させていけばわかってしまうだろ う。


イギリスは、必死で喉を潤しながらフランスとアメリカの背中を押した。





「お前らがいると五月蠅くて仕方ねぇんだよ!会議は終わったさっさと帰 れ!!」
「明日もあるよ?」
「今日は終わったとっとと出てけ!さっさと寝て明日に備えろ!!」

アメリカを蹴飛ばしてドアの向こうへ追い出せば抗議の言葉が聞こえる。
まだ何か言い足そうに振り返ったフランスを睨み付ければ、フランスは苦 笑まじりにため息を吐いて大人しく出て行った。




今日は様子見と言うことだろうか。
会議のホストをやっているのに、流石に倒れはしないだろうと検討付けた のだろう。

イギリスは小さく舌打ちすると、片付けをするために部屋へと戻る。
結局お茶の一杯も彼らには出さずに帰してしまった。
その分、明日のもてなしを豪華にすればいいだろうかとそんなことをつら

つら考えていれば、喉から込み上げる物がある。




「―――…っ!!ぐっ、げほっ…、がっ、けふ、けほっはっ―――…!」




胸元のシャツを握りしめて、早く収まれと言い聞かす。
普段は平気なはずなのに、今日に限ってこんなにも表に出てしまうのはひ とえにロシアのせいだ。

ロシアの言葉に、影響された。




しかしそんなロシアの言葉を引き出したのは元を正せばイギリスである。
自業自得か。
イギリスはふっと自嘲の笑みを浮かべ、口元を拭った。
額から汗が一筋こぼれ落ちてくる。




塩っぽい味が、口に広がった。







「綺麗は汚い、汚いは、綺麗―――…」






だから、汚いのは自分なのだ。
イギリスはうっそりと笑って、ドアにもたれた。
顔だけは綺麗、と言ったロシア。
けれどその言葉に込められた意味がわからぬ訳もない。

ロシアの教訓を生かせずに、イギリスで起きた事件。
いや、起きている事件。
それはもう慢性的な物でイギリスも意識しなければ問題にならない。
問題に、しない。


綺麗な海岸線を描くあの地。
けれど実際は、それに隠れて酷く汚れている、地。




何の罪もない子たちが、今も知らずに病んでいく。








「――――…ホント、質悪ィ…」

イギリスはゆるりと頭を振ってドアを開けた。
会議の後片付けをして、明日の準備をしなければならない。
俯く顔を上げて、気分を切り替えようとしたときだった。



熱心に窓の外を見ているロシアが其処にはいて、イギリスは軽く目を見張 る。





「お前……まだいたのか」
「お言葉じゃない?折角イギリス君の具合が悪そうだから、心配して残っ てあげたのに」

イギリスが思わずといった風に言葉を零せば、ロシアが振り向いてニコリ と笑った。
ロシアの言葉にイギリスが眉を寄せれば、ロシアは余計に笑みを深くする 。





「なら早く帰れよ。今日はもうもてなす気力は残ってねぇ」
「具合悪いのは認めるんだ?」
「てめぇらのまとまらない会議をまとめてれば具合も悪くなる。だからさ っさと帰れ」
「なら、余計に此処にいたいなぁ」

イギリスが会議で配った資料をまとめながら悪態を吐けば、ロシアはそれ をさらりと交わした。
人数も多くない会議であれば、使った道具もたかがしれている。
そんな会話を交わしている内に片付けは終わったが、ロシアは動く気配を 見せなかった。


イギリスがこれ見よがしにため息をついてもロシアを喜ばせる始末だ。




「……帰れっつってんだろ」
「君の庭、綺麗だね。ずっと見てても飽きないからここロシアにして良い?」
「寝言は寝てから言え」

イギリスが束ねた資料を片手にロシアの元――…窓際まで足を運べば、ロシアはまた窓の外にと視線を移した。
そこに広がるのはガーデニングが趣味のイギリスの集大成だ。



自負している庭を褒められるのは素直に嬉しいが、それとともに余計な言 葉がついているならば聞かない方がましであろう。
比喩ではなく頭痛がしてくるのに、イギリスは力なく言葉を返した。
ロシアは、そんなイギリスにふぅんと温い反応をするだけでじっと庭を見 つめている。




「――…じゃあ寝るから、部屋を用意してもらえる?」
「何言ってるんだてめぇ……」
「だって雨降って来ちゃった。雪は慣れてるけど、あんまり雨って好きじ ゃないんだよねぇ…、べとべとするし、不快指数があがるっていうか。ま さしく君の国だよね」

ニコ、と笑いながら放たれる言葉にイギリスは本気で目の前が暗くなった 。
泊めろと言っている。
そんなに酷い雨でもない。
追い出そうと思えば追い出せるが、他でもないロシアを気力体力振り絞っ て外まで連れ出すのは相当に厄介だった。

こんなことならフランスもアメリカも巻き込んでおけば良かった。
後悔先に立たずとはよくいった物だと、異国の友人を思い浮かべながらイ ギリスは肩を落とす。

ロシアはそんなイギリスにどうしたの、と邪気のない声を掛けながら肩を ぽんぽんと叩いた。




「――…わかったから、余計なことするんじゃねぇぞ」
「本当?わー、やっぱりイギリス君は物わかり良くて助かるね。僕、もっ とここの庭見てたかったから嬉しいよ。ね、部屋用意されるまで庭に出て もいい?」
「雨降ってるだろうが…。だから泊めるんだろうが……」



ふらりと視界を回せば、丹念に育てた薔薇が目に入った。
今が咲き誇る季節だから、多少の雨にやられはしないだろう。
元より野生種に近い。
観賞用に改良した物より見目は派手ではないが、要はバランスなのだ。
この季節はあの薔薇が主役になるようイギリスは庭を造っている。

ロシアとて目を惹くのは当然だ。




「駄目?」
「駄目だ。見たいなら明日にしろ、別に止めやしねぇよ。あと出入りを自 由にして良いのは庭と部屋だけだからな!」

イギリスの言葉にロシアがきょとんと目を瞬かせた。
なにかおかしなことを言ったかと考えていれば、ロシアは何事もなかった ように笑顔を浮かべる。


こくんと素直に頷く様子はまるで子どものようで、ロシアという国を錯覚 してしまいそうだ。





「うん、わかった」
「――…ならいい。部屋を用意するまで……」
「ここにいる。用意できたら呼んでくれるんだよね?あ、あとごはんはイ ギリス料理以外ね。ピロシキとウォッカが一番だけど君が作ると酷いこと になるし…、うん、カレーあたりが妥当かな」


さらりと失礼この上ない言葉を吐くロシアに反論する気力がイギリスには もうなかった。
早くこの場を去りたい気持ちの方が大きい。
ただでさえ本当に調子は良くないのだ。
自分の平穏のためにも他のことに集中しよう。

そうイギリスがひとりで頷いていれば、ロシアはすでに庭にと気を取られていた。
その執着が意外なようで、しっくりくる。





「―――…やっぱり、綺麗は綺麗、だよ」
「なに……?」
「だってこの庭、綺麗なのに汚いなんて思わない。この庭を造るための土 いじりだって汚くなんてないよ」



荷物をまとめたイギリスに、ロシアが話しかけるでもなく言葉を落とす。
胸の痛みが戻ってきたようでイギリスは表情を歪めたが、庭に集中しているロシアは気づかない。






「イギリス君の造る庭は綺麗。イギリスに残る森も綺麗。イギリスは綺麗。綺麗だから、やっぱり君、嫌いだ」







ニコリと、微笑むロシアに、イギリスは思いきりしかめ面を作って言い返す。









「お前と同じ傷のある俺が、綺麗か?」
「だってそれでもイギリス君は綺麗な物を作り出せるんだもの。綺麗」

ロシアは、二人きりの茶会での言葉と今のイギリスの言葉の矛盾に気がついたが、目を細めるだけで終わらせた。
沈黙が二人の間を流れる。
ちらちらと庭が光っている気がしたが、イギリスはそれには目をやらない振りをしてロシアを見つめた。

多分、これ以上言葉を押収しあってもなんの展開もないだろう。
諦めたように息を吐いて、イギリスはドアへと向かう。






お互いがお互いを綺麗だと思っているならそれで良いのだ。
どうせ感覚など主観的な物。
そう、言葉を交わしたのは数時間前のことだ。








それでもロシアにしてやられたままなのは悔しくて、イギリスはドアのところでロシアに向き直る。
ロシアが庭を見つめる横顔が嬉しそうで寂しそうで。

イギリスは、言葉を紡いだ。







「夏には、他の花が咲き誇る」
「うん」
「向日葵、見に来い。お前に俺の綺麗な物、わけてやる」


ロシアが驚いた顔に変わっていくのを視界に入れて、イギリスは満足そうにドアを閉めた。
驚愕のあとに浮かぶのは怒りだろうか喜びだろうか。










鎮まらない胸の痛みにそれでもイギリスは笑みを浮かべてその場を去っていった。
ドアの向こうはもう見えない。










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間空いてしまいましたが続きです。
拍手でセラフィールドのことを教えていただいて、うわっしゃー!と続きに絡ませた次第です。
素敵な情報ありがとうございました!
イギリスがなにげにかなり大変だ…。ドイツとフランスでも事故あったみたいですが今は閉鎖しているようですし。

ロシアとイギリスは殺伐しているようで、近い物を感じていると良いと思います!
でもそれを認めたくない方たち…!
また何か対立している様子なニュースをみて、色々考えてしまいます。
この二国も楽しいなぁ…。

07/07/21





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