綺麗すぎる水に、魚は棲めないからでして。








ひまわり畑の庭










「―――…お前って、奇麗なのな」

沈黙の末に、イギリスが発したのはそんな言葉だった。
頬杖をつきながらぼんやりと目の前の男を眺めるイギリスに、そう言われ た当人は目を見開いている。



きょとん、としたあどけない表情。
こうしていれば純朴としか見えない彼であるが、自分たちの中では一、二 を争う恐ろしさを実質持っている。
けれどイギリスが二人だけの空間で、見いだした彼には奇麗という言葉がぴったり当てはまる気がしたのだ。
しばらく目を丸くしていた彼が、にっこりと笑みを称える頃にはその最初の根拠は消え去ってしまっていたが。




「誘ってるの?」

ロシアの言葉に、今度はイギリスが驚く番だった。
それと、自分の言葉とが繋がらず思考が瞬間停止してしまったが、なるほ ど。
確かに、そう取られてもおかしくない台詞をイギリスは口にしただろう。
イギリスはくくっと小さく笑いながら、首を横に振った。





「そんなつもりねぇよ」
「それは残念だな」
「―――…それこそ、思ってもないだろう」




外で、鳥が飛び去った音がした。
早く誰か来ないものかと思いつつ、元々微妙だった空気をさらに微妙なも のにしたのは自分だという自覚が流石にイギリスにはあった。

けれど誰かがいたらこんな話も出来まいと。
奇妙な時間を続行する。









「そんなに意外か、奇麗って言われるの」
「だってイギリスくんのが顔だけなら綺麗だと思うよ。顔だけだけど」
「どっかの変態馬鹿のようなこと言ってるんじゃねぇよ……」


口端を歪めながら問えば、ロシアはにこにことしながらさらりと反撃する 。
そうとわかっていても感情はついていかない物で、海を渡った隣国の顔を思い浮かべイギリスは眉間に深く皺を寄せた。
ロシアはテーブルの上に手を合わせたまま笑みを深くしている。

そういえば、一番近いくせにあの男は何やっているのだろう。



今日の会議の集まりは、イギリスの屋敷だった。
ホストであるイギリスがいるのは当たり前として、ロシアは時間に律儀ら しい。
一番最初に訪れた客人にお茶を出し、挨拶を交わせばそれ以外することが なかった。
ロシアと二人きり、というのは中々ないし、共通の話題を持っているわけ でもない。
二人とも最初は近況などを話してみたが上滑りの会話などすぐに途切れ、 場を制したのは沈黙だった。
ロシアはお茶だけは美味しいんだねぇと褒めてるのか貶してるのかどちらともとれる言葉を吐いたっきりお茶に執心で。(きっと添えたジャムも彼 の気に入ったのだろう。ジャムを舐めたときの驚きの顔は中々に満足の得 られる物だった)
出されたお茶を美味しそうに飲んで貰うのは、相手が不得手とする国であ っても嬉しい物だ。



その様子をなんとはなしに眺めていて、イギリスは気づく。
外で唄う声に、部屋の中を舞う光。
これらは他国がいると決してみられない現象だ。
少なくとも、アメリカが来ているときに見たことはない。



ドアの隙間から、あの可愛らしい友が顔を覗かせたときには心底驚いた物 だった。
きらきら輝く銀糸を零し、しっとりと濡れた瞳で部屋を伺う。
流石に入っては来なかったが、姿を現すことも中々しない友であれば当た り前だ。




そこでイギリスは目の前の男に関して考えていたのだ。
考えて、考えた結果がほろりと口から出た。
後頭部に注ぐ陽光が気持ちよくて、意識も緩んでいたのだろう。
背にした窓から木々の揺れる音も聞こえて、ロシアが穏やかに自分の屋敷 でお茶を楽しんでいて夢心地だった。
良くできた絵画を見つめている気がして、それはひとりごとだったのだ。



しかし現実にロシアは目の前にいて、イギリスの言葉に反応した。








「じゃあなにかな、遠回しの嫌がらせ?」
「誰がそんなことするか」
「どうかな…、君は諜報活動得意だし」
「お前に言われたかねぇよ。それこそ嫌みか?」

ふふっと少しだけ首を傾げて問われて、イギリスは鼻で笑う。
確かに情報操作は得意だが、ロシアにしてやられることも多々あった。
ロシアはそんなイギリスをじっと見つめていたが、やがて困ったように天 井を仰ぐ。


「じゃあなに。その言葉は嘘じゃなさそうだけど…――、僕を困らせたか ったの?」
「―――…違う。本当にただ、そう思っただけだ」





そうだ、と答えるには相手が悪すぎた。
そうすればこれ以上ロシアの混乱も追求も避けられただろうか、後でされ るだろう仕返しを考えると得策ではない。

イギリスも、こんなことでわざわざ嘘を吐きたくはなかった。



イギリスの言葉に、すっと目を細めるロシアの増した威圧感にすこぶる居 心地が悪い。
しかしイギリスとてそれをやり過ごせない程若くはないし、やましい部分 もなければ尚更だろう。



同じく視線を見据えれば、ロシアは不服そうに眉を寄せた。
かしかしと髪をかき上げるのに、イギリスもようやく息を吐く。






「あのね、僕が綺麗じゃないっての、君のが知ってるんじゃないの」
「んなこと言えば綺麗な物なんてなくなるだろ」
「それでもさ、綺麗な物は綺麗で、汚い物は汚い――…、ホント、醜い」


綺麗の定義なんてものは人それぞれだ。
ロシアに言わせればどうしようもなく憎い白い悪魔は、別の場所では神聖 な尊いものだ。
確かにそれの元は決して綺麗な物じゃない。
だけど見て感じたことが、本物と言うことだってある。


ロシアが視線を落として、その手を体のある箇所に這わすのにイギリスは 顔を顰めた。
世界共通の、最悪の出来事の一つ。(最悪なのにその中の一つとはおかし いことだ!)




あの事故は、少なからずイギリスにも影響した。









「なーんも知らない子達が必死で此処、治そうとしてさ。その子たちはみ んな死んじゃって。今じゃ誰も此処に触れないほど、汚いよ?」
「お前が毒吐くのはそのせいだろうな」
「面白いこと言うね」
「毒吐いて、必死で其処、治してるんだろ。溜まった毒吐かなきゃどうし ようもねぇし」


ロシアの視線が、剣呑になった。
ぴりぴりと剥き出しの敵意が突き刺さってくるが、手が出る気配はない。
イギリスはそっぽをむいて、これ見よがしにため息を吐いた。
まぁ毒を吐くのは昔からだけど、と付け加えつつロシアに向き直る。





「日本をさ、お前どう思う?日本、汚いか?」
「――…日本君?日本君と比べてどうするのさ。あんな馬鹿みたいに綺麗 ごと掲げる国なんて、言いたくても言えやしないよ」
「お前と同じ傷、あるぞ」




正確に言えばきっと少しは違うのだろうが、同じ傷と言っても過言じゃな いだろう。
60年以上たった今でも、深く刻まれた傷。
刻んだのは違っても、あの傷に自分は関わっている。




「20年、ようやくたったか」
「――――…600年はかかるってさ。元に戻るの。馬鹿みたい、勝手にこ んなの作って、勝手にそんなこといって。600年?誰が確認するんだろう ねそんなの!」




イギリスの言葉にロシアは嫌そうな顔をする。
そして、目を右手で覆ったかと思うと背中を反らせた。
上を向きながら、大声で笑う。




「ほんと馬鹿みたい!人間なんて、自分たちに都合良ければそれで良いん だ!!後の事なんて考えない。そりゃ彼らは良いよたかだか100年生きれ ばそれでさようなら!!けど僕たちはなんなんだろう?残された傷に苦し んでも彼らには過去のことでさ!見ない振りをして放っておく!ほんと、 ほんと――…」
「―――…それでも、好きだろ」




ロシアの笑い声とともに絞り出される言葉を静かに聞いていたイギリスは 、彼の言葉の続きを口にした。
ロシアの笑いが、ぴたりと止まる。
目を覆ったまま動きすら止める彼に、イギリスも視線を落としながら続け た。




「それでも彼らを好きな自分が、一番馬鹿みたいなんだろ」
「―――…るさいな、君に何がわかるの。一線退いて、老大国な君が」
「老大国、いいんじゃねぇの。俺は静かに紅茶が飲めればそれでいい」




その言葉にロシアがばっとイギリスを見やった。
イギリスが思っていた表情をロシアはしていなかったが、驚愕に満ちた顔はしていた。
そんなにも意外か、と今日二度目の言葉を口にしそうになってイギリスは 冷え切った紅茶を口にする。

飲めなくはないが、ベストの状態はとうに過ぎ去っていた。
眉を寄せながら淹れなおすかと考えていれば、今度はロシアが口を開く。





「そんな君、面白くないよ。それならそれでロシアになればいい、紅茶ぐ らい自由に飲ませてあげる」
「ウォッカ入れられそうだから嫌だ。やる気ならやるぞ、誰が黙って侵略 されるか」




にこりと笑ったロシアは、もうイギリスの知るロシアだった。
穏やかな顔と冗談に見えてその実どこまでも本気の言葉。

少しでもロシアの前で気を緩めた自分が馬鹿だったと思いつつ、イギリス は不味い紅茶を煽る。
そんなイギリスに、ロシアが満足そうに笑ったのを、イギリスは見なかっ た。






「――…茶、淹れなおしてくる。リクエストはあるか」
「正式なロシアンティー。ジャム添えてるだけなのは流石だけど」
「道具がねぇから今度もってこい。薔薇ジャムだしてやる、折角だから」



オレンジペコに、ママレードの組み合わせも捨てがたいが、イギリスのセ レクトなら(お茶に関しては)間違いがないだろう。
それでいいよと手を振れば、イギリスが茶器をいったん片付け始める。
窓をこつこつと叩く鳥に視線をやれば、イギリスもああと顔を上げた。


「ピエールが来たか…、ついでにあいつら出迎えてくるから少し待ってて くれ」
「うん。ロシア国旗飾ってて良い?」
「ふざけるな。黙って座ってろ」




ぴしゃりと言い捨ててイギリスがトレイと共に部屋を去る。
その後ろ姿をなんとはなしにロシアが見送っていれば、イギリスが不意に 振り返った。




「さっきお前、綺麗は綺麗で汚い汚い、って言ったろう」
「―――…言ったけど」




楽しそうに笑うイギリスの言葉に、ロシアは眉間に皺を刻んだ。
また不可解なことを言いだした彼に不快指数を上げつつ、それでも彼の言 葉を待てばイギリスはふわりと微笑んだ。








「綺麗は汚いで、汚いは綺麗なんだよ。俺に言わせれば」










ぱたん、と閉じられたドアを前にロシアは言われた言葉を反芻する。
確か有名な劇作家の言葉であったはずだ。


「――…やっぱりイギリス君、嫌いだなぁ」






ぽつりと呟いた言葉に、陽光が厳しくなった気がしてロシアは目を細めた 。













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ロシアとイギリス。
ノーカポー。もしくは百合。(本気顔)
ユニコーンが見えるロシアを私は推奨してまして(笑)
チェルノブイリも少しばかり絡めつつ。
このときはあくまでソ連で、傷跡があるのはウクライナなのですが小ロシ アとも呼ばれるくらいなので今回はソ連=ロシアにさせていただきました 。
チェルノブイリは…すごかったです。
ちとスウェーデンさん側からも書いてみたいかも…。

ロシア様はやっぱり純粋だと思います。(で、怖い)
ほら、どこまでも純粋な狂気ってあるじゃないですか…!
可愛いところもあるし、どこまでも自分に正直な子なんだと思ってロシア 様愛を叫ぶ。(子って)
ちとこれに関連してもう一本ぐらい書きたいです。

07/06/26





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