だからその手を離して。








「フランス、」
「よぉ、やっぱりお前も来てたか」

アメリカに呼ばれた親睦会のパーティ。
その華やかな容姿と話術に長けた性格は、上司との同伴を要請されていた 。
普段の労いを込めた個人主催である会は、それでも様々な思惑も込められ
ある程度上司に付き合ったフランスは早々に壁の花を決め込んでいた。
腹の探り合いは苦手ではないが、好んでいるわけでもない。
どちらかというと最近は土いじりがめっきり趣味になっているフランスには、少々疲れる席だ。
昔は彼の趣味を散々笑ったものだったが(彼の腕前を認めていたとしても、だ)、今度は自分が笑われる番かもしれない。




「イギリス、お前アメリカ放っておいて良いのか?」
「あいつの上司が主催だからな。一緒にいないわけにはいかないだろうし 、俺がずっと付いてるわけにはいかないだろ」

ワイン片手にフランスに近づいてきたのはイギリスだ。
先ほどから美女の誘いを何度となく断ってきたフランスだが、流石に彼は断れない。
断りたいとも思ってはいないが、あまり隙を見せられては困るのだ。

穏やかな笑みを浮かべて肩を竦めるだなんて芸当をいつの間に覚えたのだろうか。
以前の彼ならば全く隙のない姿でこういう会に挑んでいた。
それは凛々しく彼の本質を示していたようで悪くなかったが、逆に敵を煽ってもいた。


このほどよく気の抜けた、張りつめていない糸は自在に姿を変えながら相手を翻弄できる。


「で、なにお前も壁の花?」
「むしろ壁のシミかな。腹の探り合いは飽きた、お前の顔を見ている方がましだ」

ほんのり毒を混ぜながら同じようなことを言うイギリスに、フランスは苦笑しながら手にしたワインを口にした。
遠くで見えるアメリカの姿。
いつもラフな姿をしている彼だが今日は流石に正装だ。
その立派な体躯を引き立てるようにあつらったスーツ。
眼鏡も知的なインテリア。
愛想笑いだって様になっている。




「随分立派になったもんだねぇ…」
「だろ。自慢の弟だからな」

フランスが感嘆の息を吐けば、イギリスが照れくさそうに。
けれど誇らしげにアメリカを褒めた。
その表情はひどく優しそうで、フランスはいつかの彼を思い出した。

孤立状態で周りに敵しかいない彼が。
いつも荒んだ表情しか見せなかった彼が。

唯一の拠り所にしていた、幼子への笑顔。




そして今またイギリスの柔らかな笑みを作り出しているのは紛れもなくアメリカだ。
結局の所イギリスのそんな表情を引き出せるのはあれだけなのだと、フランスは小さく溜息をついた。







「どうしたフランス」
「んー、葡萄の出来が気になって、な」
「ああわかるな。俺も新種のバラがうまく育ってるか気になる」

溜息を聞き逃さなかったイギリスに問われ、フランスはさらりと本音を飲み込んだ。
嘘ではないが溜息の原因ではない。
だがワインを飲んでいるフランスに、もっともな理由だと思ったのだろう。
イギリスは同じように頷いて、自らの心配事も口にする。
笑われなかったことが少しだけ嬉しくて、フランスは笑みを浮かべた。
笑うフランスに、今度畑を見せてくれと言うイギリスに、静かに頷いた。



なんでこういうとき無駄に、共有するものが出来るのだろうか。
変わってしまったと思えれば楽なのに。





「フランス?」





もう、イギリスは自分の知っているイギリスではない。
アメリカによって満たされた、愛情をいっぱいに受けているイギリス。

強くありながらもどこか怯えた、あの自分以外の全てが敵だとしか思えていなかったイギリスはどこにもいないはずなのに。






「アメリカの所、いかなくていいのか?」







なんで彼は今も自分の隣にいるのだろう。








「だから……」
「終わったみたいだ。こっちを見てるぞ」
「ああ、じゃあ行くけど…、」

顎で方向を示せば、イギリスは眉を寄せながらもそちらを見やった。
アメリカの視線に気づいたのだろうイギリスは、軽く手をあげてアメリカに合図をする。
気づけばあっさりと別れの言葉を口にするイギリスにほっとする。
早く行ってしまえばいい。
フランスのはいる隙などないのだと、見せつけてくれた方が余程楽だ。


「けどフランス、お前大丈夫か」
「なにがだよ?」
「……俺は、ずっとお前の隣にいたんだからな。お前が俺のことを…それとなくフォローしていたことだって、認めたくねぇけど知ってる」


イギリスの目がすっと細くなる。
グリーンアイズが影を帯び、鋭い光を見せた。

頼むから隙を見せないで欲しい。

隙などないはずの、イギリスの神経を張りつめた表情。
それが今のフランスにとっては隙にしか見えない。
アメリカには決して見せなかった、その顔は。
いつだってフランスを捕らえていたのだから。





「俺はお前の隣人だ。昔からそうで、これからも」
「………………」
「倒れて俺に迷惑かける前に、それなんとかしろよ」






それ、というのはフランスの抱える思いのことだろう。
睨み付けられながら言われて、フランスは息を飲む。

なんだこの勝手な男は。
フランスはイギリスのために、そして自分のために必死にこの思いを飲み込んでいるというのに。
かっての大帝国は、その思いを解放しろと要求する。
フランスが思いに潰れてしまわぬように。
自分が隣で、手伝うからと尊大にイギリスは言い切った。




「……そりゃ、どーも。気をつけますよ」
「それでいい」



張りつめた空気がフランスとイギリスの間に流れる。
フランスのよく知った、イギリスの姿。
フランスの言葉にイギリスは、人の悪い満足そうな笑みを浮かべると人混みの中へ足を踏み出した。
フランスを一度も振り返らずに。




「……あーあ、嬉しそうな顔しちゃって」

背が低く細いイギリスが人の波に飲まれる前に、アメリカがその腕を掴んだ。
一言二言交わしたかと思うとアメリカがイギリスの頬にキスをする。
イギリスは擽ったそうな笑みを浮かべると、(それはもう、フランスに見せたのとは正反対だ)同じようにキスを送った。
周りからイギリスを守るかのように回されたアメリカの腕。

二人が波の中へ消えていく。







そういつだってあんなイギリスを見せていれば、フランスの思いはいつか昇華されるだろう。(きっと長い長い時間がかかるけれど。それでも諦めなければ行けないのだから)
それなのにどうしてフランスの知るイギリスを、見せてしまうのだ。

ああ知りたくなかった。



フランスは零れそうになる声を噛み締める。
腹の底から叫んで泣き出したくなるのを、懸命に堪えた。


いつだって知っていた。
あの子の一番はあの子どもだと言うことを。
いま初めて知ってしまった。
あの子の一番にはなれなくとも。
二番目は絶対に自分なのだと言うことを。
優先するのは絶対にあの子どもなのに。
それでも自分は特別なのだと言うことを、知ってしまった。







「……性質、悪すぎるだろイギリス」

所詮は二番目。
けれど特別。

離れたいのに、それをイギリスは許してくれない。
イギリスは愛情に貪欲だ。
貪欲なくせに臆病だ。


だからきっと無意識で感じ取ったのだろう、フランスとの距離に怯え先手をうった。




それはフランスにとても有効だ。
その手を振り払うことが、どうしてもフランスには出来ない。







「あーもう、どうしろってんだ……」

酒で全てを忘れることが出来ればいいのに。
そんなことを思いながら、フランスは一時の現実逃避を得るために美女の誘いに乗った。











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あれイギリス本当に性質悪…?(ここは英国至上主義サイトです)
フランス兄ちゃん、健気かもしんない…。
どうしたって一番になれないことは知ってるけど、特別だと言うこともわかってしまって進むことも逃げることもしかねているフランスです。

イギリスにとって最優先事項はアメリカなんだけど、いつだって隣にいたのはフランスだから彼が今更いなくなることには怯えてしまうと思うのです。
きっとフランスがいなくなったら一番苦しむのはイギリスだろうなぁ。
愛憎両方で深く関わってるから。

イギリスはもう幼少期の人格形成で歪みまくっているので家族も恋人も境が曖昧で一緒にいてくれる人はとにかく大事にしてしまう性質なのだと思います。
イギリスは尽くすタイプ、と本家の紹介文でありますが、フランスに対しては今更尽くすと言うことは出来なくてもずっと隣にいてくれた彼のために出来ることがあれば全力でしてくれるのだと思います。

しかし米英←仏な筈なのに今までで一番仏英っぽいのはなぜ…。

08/05/13





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