ひとり咲くのか夏雪草












薔薇咲く庭。
フランスにとって自慢のひとつのその庭は、歩く廊下からもすでに覗いていてそれをみた日本がまず目で感嘆を示した。
眉がひくりと動いて、目を見張る。
きっちりと結んでいる唇からほぅっと息が出て行って、それからゆっくりと口端をあげた。




うん。いい反応だ。




日本のそんな様子に、フランスにも自然笑みが浮かぶ。
庭へと続くドアをくぐれば、心地よい風とともに薔薇の芳香が二人にまで届いた。

日本がわぁっと小さく歓声をあげるのを、テーブルへと案内して改めて庭を紹介した。







「薔薇はイギリスだけの専売特許じゃないからな。自慢の庭なんだ」
「ええ、とても素晴らしいです……。イギリスさんの庭とはまた違った華やかさがあって……本当に素晴らしい……」
「日本にそう言ってもらえて光栄だよ。……まぁ、俺だけの力じゃないのがちょっとだけ癪だけどな」


日本が目を細めて薔薇を見つめるのに、フランスは言葉を零す。
椅子を引き日本を座らせると、ティーポットを手に取った。



「フランスさん私がやります、」
「いやいやこれくらい俺にやらせてよ、折角だし」
「駄目です。誕生日のプレゼントの一環ですから、せめて一杯目は私に淹れさせてください。フランスさんの淹れてくださるお茶も好きですから、頼みたいのはやまやまですが」



いつにない、日本のきっぱりとした物言いにフランスは少なからず驚いた。
日本は言いたいことを飲み込む癖がある。
もっと口に出せばいいのにと思うのは各国共通で、それが出来たことには内心拍手であるが、いつにない強引さで椅子にかけさせられたフランスは驚きのままに日本が紅茶を入れるのを見やっていた。



ミルクを先に注いで、カップをぐるぐるとまわす。
カップ全体にミルクの膜が張られたところで日本はポットに手を伸ばした。
注がれるのはアールグレイ。
少し癖があるが、はっきりとした味わいの紅茶はミルクに良く合った。



湯気がふわりとたつ紅茶が目の前に置かれ、クロテッドクリームとフランボワーズのジャムが添えられたスコーンの皿も用意される。
くず餅は氷を淹れたボックスの中で冷やされたままだ。

どちらかと言えばあっさりとした組み合わせを先にした方がいい気がしたが、この茶会のホストは日本である。
ゲストであるフランスは、彼のもてなすとおりにするのが役割であろう。



まずは紅茶を一口。
その味わいが隣人の淹れるよくそれに似ていることにフランスはまた驚いた。
喉を通る熱さが心地よい。

次に、スコーンへと手を伸ばしたがその指が震えてるのは仕方ないだろう。



どうしてこの菓子をあそこまで複雑に作れるかがフランスには疑問だった。
基本が一番難しい。
そうは言うが、フランスが付いてながらもこのスコーンをイギリスに上手に作らせるには相当の難題だった。

作り上がったものを食べないことに出来不出来は判断できない。
出来る物もありはしたが、イギリスが食べろと目だけで与える重圧に勝てず涙を飲んだことは幾度あるか。


しかしこれを作ったのは日本であり、彼の腕前は幾度か食べたことのある料理で証明済みだ。



二つに割ればふわりとまだ湯気が立つ。
アーモンドのような香りに、フランスは自然目を細めた。



「そう言えばフランスさん、この庭はフランスさんが作ったものではないのですか?」
「へ?……ああ、そうだ。薔薇の加工はわりと得意なんだけどな、育てるのはそこまで上手じゃない。そこまで作ったのは正直イギリスだ」



一口、なにもつけずにスコーンを口にしてフランスは小さく頷いた。
温め直したスコーンではあるが、素朴な味わいは充分に美味しい。
クロテッドクリームとジャムを付けると一層おいしさが増した。
元よりクリーム等をつけることを前提としているから、スコーン自体は水分が少ない。
それを補うジャムの味は、懐かしいような気すらしてフランスは口端に付いたジャムを舐め取って日本の問いに答える。

いきなり話を振られてフランスは日本を慌てて見やったが、日本の視線は薔薇を向いていた。
隠すことでもないので正直に告げれば、日本は惰性のように頷く。



「……いつごろ、でしょう?」
「何十年も前になるけど…ちょうど今の時期じゃなかったか?庭師が作ってくれた庭をさ、イギリスがいじってもいいかっていうからいいって言ったら何日か掛けて花を移動させたり種蒔いたりして…。庭師が造ってくれた庭も好きだったけど、付き合いが長いせいもあるから俺好みの庭作ったのはイギリスの方だった。俺が手入れしやすくなるまで通って、剪定して。今は、まぁこの通り」



フランスが当時の映像を浮かべながら口にすれば、日本はそうですか、と小さく呟いた。
庭を見つめる日本の視線はやはり遠い。

きっと今の話も含めてイギリスを思い出しているのだろう。
日本とイギリスは本当に気が合うようで、日英同盟を組んだときはあのイギリスと友達になれるやつがいるとはと思った物だがなにしろ同じ島国。
感性は元々似ている。

日英同盟のせいでかなりの被害を受けたフランスではあるが、日本という国は素直に好ましい。
その文化はフランスの特に気に入るところであり、友好を築いてはいる。



ただ少し、入れない部分を作られたことは。
悔しくもあるが。





「……愛されて、いるんですね」
「あいつ人外…まぁ俺ら国だけど、にはえらく素直だからな…」
「フランスさん。スコーン、美味しいですか?」




また不意に、日本がフランスに向き直り笑顔を向けてきた。
その笑みに何か怖い物を感じながら、フランスはこくこくと頷く。

日本はそんなフランスの様子にさらに笑顔を深めながら、ふふっと楽しげに首を傾げた。
ゆっくりと人差し指を口元に持って行く動作がひどく綺麗で。

思わず見惚れていれば、その口がことさらゆうるりと言葉を紡いだ。






「フランスさんに、私からの誕生日プレゼントです」
「あ、ああ。嬉しいよ、誰かさんのスコーンと違って美味しいし」
「これらの物は、私からではありません。私からのプレゼントは今から渡します」





フランスが日本の言葉を理解できずに、ぽかんとしていれば日本はうっそりと艶やかな笑みを浮かべた。
黒髪をさらさらと風が零していく。

本当は厳重に口止めされているのですが、と前置きして日本は続けた。






「これは全てイギリスさんが、貴方のために用意して、私に託した物です」
「………は?」
「材料を私に頼み、まずは英国まで持って行きました。そこで私も実際菓子を作りましたし、指導させていただきましたが先ほど渡した重箱に入っていた菓子は全てイギリスさんが手ずから作られた物です」


日本の言葉を最初フランスは理解できなかった。
あのイギリスが、フランスにプレゼント。
毎年強請ってはいる物のもらえた試しはなく、フランスが勝手にプレゼント認定した物をやはり勝手にもらっている。

それがなぜ、今更。
というよりもなぜ、こんな手段で?


軽く混乱に陥っているフランスを他所に、日本は続ける。




「……ちゃんと全部食べてくださいね。味の保証は私がしますし、なによりイギリスさんからのプレゼントなんですから」
「なんで、日本が…」
「確かに料理に関して出来の良い生徒とは言えませんでしたが…、本当に一生懸命だったんですから。お茶の入れ方と組み合わせは私がイギリスさんから教わりました。流石セッティングは見事としか言いようがありません」


日本はそう良いながらくず餅の準備を始めた。
ふるん、と揺れるくず餅の涼しげな風合いは今見てもやはり綺麗で。
これを作ったのがイギリス、とはにわかに信じられない。

フランスが日本からおそるおそる皿を受け取れば、彼は少しだけ不満を顔に表した。





「貴方が私の文化を気に入ってくれているから。だから彼は貴方のためにただでさえ不得手な料理…しかも和菓子をプレゼントに選んだんです」
「……それは確かに嬉しいけど…。別に俺は、日本から買った物をこうしてセッティングしてもらえるだけでも、正直嬉しい」
「フランスさん、貴方はそうでもイギリスさんの気はそれだけじゃすまなかったんですよ」


日本からの言葉は、フランスにとって確かに嬉しい物だった。
思わず顔に血が上りそうになるのを必死で抑えながら、フランスは冷静さを繕って言葉を口にする。
日本はそんなフランスに目を細めて尚も言葉を続けた。



「貴方の誕生日だからこそ…、貴方がいたからこそイギリスさんが得られたものを同じようにしたかったから……」
「俺があいつにしたこと……?」



思い当たることはありませんかと。
日本は静かに締めてすっと席を立つ。
何をするかとみていれば、彼は薔薇の傍まで近寄ってその芳香を楽しみ花弁にと指を伸ばした。

愛しげに花と戯れる様は絵になった。
フランスは日本の言葉を反芻しながらくず餅を楊枝で切り分ける。





「……うまい、な」




切り分けた其れを口に運んで、つるりとした食感とのどごし。
澄んだ甘さにフランスは呟いた。
出来ればこれを本人に伝えたい。

今頃ひとりで刺繍をしているのか、庭いじりをしているのか。
それとも紅茶を煎れているのだろうか。




「……懐かしい、はずだ」

くず餅を二口で片づけてフランスはスコーンに手を伸ばす。
これだけやはり異質であるからして、きっと日本が気を利かせて別途に焼いたこれをいれたのだろう。
日本はスコーンを作ったとは言っていたが、このスコーンを、とは言っていない。

イギリスが自分用に焼いただろう、スコーンを。





「フランボワーズ…ラズベリーは庭でとれたやつ…。こっちのスコーンの香料に…メドスイート……。あいつを見つけた場所に、あったなぁ…」




日本がいつの間にか戻ってきていた。
オールドローズの香りに混じって違う気配がする。
フランスが鼻を振るわせれば、日本は小さな花束を差し出した。





「薔薇に隠れて…溶け込んでこれも咲いてました。うちでは西洋夏雪草と呼んでいます。イギリスさんの家でも見かけたものです」

メドスイートだった。
白くふわふわした花弁は確かに雪のようで、フランスは誘われるようにそれを受け取った。


「こんなの…あったのか、」
「勝手に摘んでしまいすいません…。日当たりも計算されていて、隠れていたってこの花にとって不都合なことなんてありませんでした。けど、この花はフランスさんの庭に確かにあったから、」


日本ならば、花を駄目にするような摘み方はしないだろう。
フランスは緩慢に首を横に振ると、そっと花に顔を近づけた。
この花の効用は何だっだであろう。

色々お役立ちな花で、食用染料に使われる以外にも薬用としても使える。




イギリスは何を考えてこの花を庭に植えたのだろう。
誰にも知られずに存在していた、この花を。













フランスは花に顔を埋める。
いつかのあの森の匂いがした。

カップが空になったら、菓子を持って彼に聞きに行こうと思った。










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イギリスが出ないまま終わった…orz。

仏英に隠れて日英日っぽく。
日本はギリスに菓子指導をしただけでもフランスへのプレゼントは充分だと思います!
どんだけ苦労したんだろうね…!(自分で書いておきながらあれですが)(きっと同じ物をイギリスは作れませんが)
イギリスは今更素直になれる子ではないので、正面からはあげれないけど毎年ちゃんとフランスを何かしら祝ってるといいな…と思った代物です。

ランス祝いは結局日本が占めたような…(笑)
今度はちゃんと絡んだ仏英を目指して…!


07/07/27





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