月が欲しいと哭く子ども 2










「やっぱり君が適任だったようだね」
「……適任、ですかねぇ…ボロボロですけど。じゃじゃ馬の扱いは慣れてたつもりなんですけどね」
「ああ、彼の言ったとおりだったよ」




ザ・チルドレンに理解を示し、真剣に叱りながらその手を差し伸べた青年は、あちこち傷だらけになりながら遠い目をしている。
ぐったりと疲れたその様子に、桐壺は頷いた。
桐壺の言葉に、青年ー…バベルの誇る若き天才、皆本光一が顔をあげる。





「彼、と言うと…」
「賢木修二。同期入局の、君の親友だね。彼にはチルドレンの健康管理をしてもらっているのは聞いてるかな。初めてチルドレンと会わせたときに君のことを教えてくれたんだ」




夜の帳が落ちた外を見ながら桐壺が静かに言葉を連ねる。
皆本は再会したときの賢木の様子を思い浮かべながら、今初めて聞く事実と照らし合わせていた。
チルドレンが手に掛かるようなことは言っていたし、皆本が担当に正式に<決定したときも賢木は当然だという態度だった。

別段不思議に思いもしなかったが(理不尽だとは思っても)、そもそもの発端に彼があるならば一言ぐらいあっても良かったのにと皆本は少しばかり釈然としない。
そんな皆本の変化を感じ取ったのだろうか。
桐壺が振り返って皆本に近づく。



「賢木くんがESP検査で能力が発覚したのは知っているかい?」
「あ、はい本人から大学の時に少し…」
「じゃあそのときバベルへ入局したことも聞いているかな」



局長の後ろに、ぽっかりと満月が浮かんでいた。
青白い、硬質な光を放つそれに視線を奪われながら皆本は局長の話に耳を傾ける。




「バベルへ連れて行かれて、面倒だったから速攻で出て行ったとは聞きましたけど…?」
「当時バベルがわかっている最高超度のエスパーをそんなに簡単に出すと思うかね?確かに賢木くんの能力はサイコメトリーだし、サイコキネシスやテレポート能力よりは暴走の危険性が低い。ただ彼は低いながらもサイコキネシスも持った複合能力者だったんだ」


皆本は局長の言わんとしていることを理解して、思わず強く手を握る。
ESP検査のことは、あまり触れて欲しくなさそうだったから皆本も深くは聞かなかった。
大学での賢木の噂と、皆本が出会ってからの賢木は随分と違っていたから相当な状況に身を置いていたことは容易に想像が付いた。
ESP研究が進んでいると言われる大学ですら理解が充分とは言えないのだから、賢木の能力が発覚した当時のこの国のことを思うと正直ぞっとする。

皆本ですら、受け入れられなかった。
なら賢木はどれだけの拒絶をその身に受けたのだろう。





「……ESP検査で発覚したから、学校には勿論広まった。彼は能力を本能的にわかっていたらしくてね。無意識にコントロールをして発動させてなかったにもかかわらず、バベルがその力を表面に出した」
「…………」
「彼は君と同じくいわゆる『天才』でもあった。その上でサイコメトラーとわかってしまえば周りの反応はどうなる。受け入れてくれる子もいたかもしれないが、それすらバベルが奪ってしまった」



桐壺の淡々とした言葉は、けれど逆に皆本に入り込んだ。
現在のチルドレンの境遇は、酷いものだった。
それは彼女たちの性格にも問題があるとしても、たった三人だけで幼い頃から大人達に囲まれてよくわからない検査や実験を繰り返され、自分たちにはどうにもならない能力に関して使い方を強制される。
けれどそれを嫌だと言えるのも能力をもってしてだから、彼女たちの幼い精神に強いられる負担は相当のものだろう。

理解できない納得できないままに、痛みだけで押さえつけられていれば反発を生む。
反発するからさらに押さえつけられるという悪循環に陥ってしまって、今ようやくそのループを断ち切るきっかけが出来た。



賢木のきっかけも、自分だったと思って良いのだろうか。
バベルに入局したはずの賢木は、なんで外にいたんだろうか。





「賢木くんはあの子達と違ってものわかりが良い子どもだった。彼は『天才』だった故に能力への理解も、バベルの存在理由も受け入れてしまったんだよ。彼には目標があったけれどそれを抑圧してバベルへ入局した。エスパーにとって一番大事なのは精神的安定なのに、バベルはそれに気づかず…気にもかけず彼に難題を課した。周りに理解者などいない一人きりの状態で、彼はそれをこなしていったんだ」




賢木の気持ちがよくわかる。
皆本もそうだったからだ。
相手の言いたいことを十分理解できてしまって、自分の要求を口にすることが出来ない。

けれどそれでどうだったろう。
周りにいるのは大人ばかり。
人生経験の浅いけれど特別な子どもを同じ視点で見てくれる人はいなかった。

皆本が賢木に話しかけたきっかけはなんだった。
学部の違う賢木の噂を耳にして、行動を起こしたのは。






「そのときのバベルは今よりももっと能力者が少なかったし、理解できる人物もいなかったろう。賢木くんにとって居心地の良い場所では決してなかったし、サイコメトラーであることが余計に辛かったはずだ。行使される能力は嫌でも伸びる上に、それと比例するように強くなっていく彼を拒<絶する空気に、その声自身まで聞こえてしまう。誰にも触れられない状態で、寂しさを共有できる人はいない。けれど自分が特別だと理解し、自分しか出来ないと言うこともわかっていたから反発をすることも選べなくて自分の夢すら押さえ込んで。負の感情ばかりに触れていればどうなると思う?」






皆本は瞑目する。
閉じた目で見えるのは瞼裏に映る満月。
闇の中にぽかりと浮かんだそれはひどく寂しい。
たかが10歳ほどの子どもに負わせる重責ではないだろう。
チルドレンと違ってたったひとり。
身を守る術がないサイコメトラーが出来ることと言えば。
それは。






「彼の能力は暴走した」
「……サイコメトリーの、暴走…」
「自分ではコントロールが出来ず、少しでも触れたものを通じて全てのことを感じ取ってしまう。それが毎分毎秒休まることなく、だ。情報の津波に意識は飲み込まれ思考すらまともに働かない」
「………っ」

皆本は想像するだけで背筋に寒いものが走った。
言葉にならない呻きを飲み込んで、桐壺を見やる。
桐壺はいつの間にか皆本に背を向けて月を見上げている。


「まだ試作品のリミッターをつけさせてどうにか事を納めた。私はあのと<きの風景は忘れられない。苦しんでいる子どもに、サイコメトラーだという理由だけで近づけない大人達に、あそこまで憤慨したのは初めてだった…!」
「……局長」


ダンっと拳を叩きつける鈍い音がする。
窓ガラスが僅かに振動をするのを皆本は目を細めて見やった。
きっとこの人はずっと必死だったのだ。
あの、チルドレンへの溺愛のほどは少々目に余るものがあるが、誰にも文句を言わせない立場になるまで相当の努力を要したはずだ。
エスパーを肯定するために。
守れなかった子どもを守るために。





「すまない…、あのときの自分の不甲斐なさが一番悔しいんだ。…彼の持つサイコキネシスが生体に関して有効だとわかったのもそのときだ。どちらかというと開発不足のリミッターよりもその能力が働いたのが大きかったような気がするよ。自らの生体維持のためにスイッチを強制的に切らせたんだろうな…、意識が完全にとぎれる瞬間彼はなんて言ったと思う」
「……なんて、言ったんですか…?」
「外に出たいとだけ、うつろに呟いたよ。彼はバベルに閉じこめられるように生活して特務についていたからね。それはチルドレンも同じだが…彼には仲間がいなかった」



皆本はシン、と沈黙が支配する空間で考える。
初めてあった賢木は荒みきっていた。
けれど皆本と出会ってからの賢木は明るく、笑顔だった。
元来の性格がそうなのだとすれば、彼があれほどになる境遇はいかほどだったのだろう。

それだけの負の感情に触れ合いながら、それでもたったひとりと触れ合えただけで笑顔を取り戻した賢木はどれだけ温もりに飢えていたのだろう。




「そのときオーバーヒートしたのか、彼の能力はレベルが2程度に下がったんだ。一時的なものだとわかったがいいきっかけだと思ってな。外に出てもらうことにした」
「……それで、賢木はずっと外で過ごせたのか…」
「色々手続きをしているだけで時間はけっこうかかってしまってね。最後に能力測定したら元の通り戻っていたよ。ただ他の能力者も少しづつ増えていたし、その対応もあったからうやむやのうちに彼は外へ出て行った」
色々な負の感情に触れて、表情をなくしたままにね。







そこで桐壺がまた皆本に向き直る。
少しばかりの笑みをのせて、皆本をまっすぐに見据えた。

「だから、再会した賢木くんに正直驚いた。まさかまたバベルへ来てくれるだなんて思いもしなかったからね」
「………それは、」
「君のおかげだと言っていた」

なぜだか泣きたくなった。
本当に自分は彼の力になっているのだろうか。
桐壺から聞いた彼の昔話は重かった。
桐壺は何を思って賢木の話をしたのだろう。

賢木は、自分の過去をどう思っているのだろう。






「チルドレンをよろしく頼む」
「局長、」
「あの頃のバベルとはもう違う…、違うと思いたい。彼の二の舞にはしたくないと思っているんだがなかなかうまくいかない。けど、賢木くんにあんな表情をさせられる君ならば…あの子達にも、同じように」



皆本は唇を噛み締めて、桐壺の言葉を聞いていた。
賢木はきっと、チルドレンに昔の自分を重ねたのだ。
皆本もチルドレンに受けた洗礼に、賢木と初めて接触した日のことを思い出した。
賢木に攻撃されたことはあれ以降なかったけれど、完全に心を開いてくれるまではそれなりに扱いにくかったことは確かだ。

それでも。







「いえ、僕だって賢木が居てくれたから…賢木がいるおかげで楽しいんです。賢木は僕と世界が一緒だったから」

同じ日本人留学生。
まだ十代だというのに順当に医療技術を取得し、教授を論破したこともあるという『天才』と名高い青年。
同じだけ問題児という噂も聞いていたけれど、皆本にはあまり関係なかった。

彼とならば同じ視線で話せるだろうか。
世界を共有できるだろうか。



そんな希望を、賢木に抱いていたのだ。
出会い頭に説教をぶつける、なんてことをするほどに。







「彼と出会ってからの大学生活は、それまで以上に楽しかった」

桐壺は黙って頷いた。
初めて出来た同じ年代の友人。
大学の友人は少なくなかったけれど、あれほど会話が楽しいと思ったのは初めてだった。

意図ををすぐさま理解し、違う視点から攻めてくる。
その上でくだらないことで喧嘩をしたり、騒いだり。
そんなことが出来るなんて思わなかった。


『自分』を出せることがすごく新鮮だった。







「僕が出来る精一杯をあの子達にぶつけますよ。世界はすごく広いってこと、あの子達に教えてやりたい」
「……ああ」

桐壺が満足そうに笑う。
後ろに浮かぶ月が昇っていつの間にか見えなくなっていた。
そんなにも長い間話していたのだろうか。
皆本は一礼すると部屋を後にする。





少しばかり早足になりながらスーツから支給品ではない携帯を取り出して、短縮ナンバーをもどかしく押す。
まだ彼はバベルに残っているだろうか。
それとも家に帰っているだろうか。

確か今日はデータの処理が残っていると言ったから、まだバベルにいる可<能性が高いだろう。


もどかしく思えるコール音。
軽い音を立てて繋がった途端、用件を切り出す。




「賢木、今どこにいるんだ?」

君が思うほどあの頃の僕は君に何か出来ていたのだろうか。
理解できることと受け入れることは似ているようで大きく違う。

今の僕が君に出来ることは。
したいことは。



賢木、今すぐ君を抱きしめたい。










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賢木先生に夢見てると言うより局長に夢見すぎですか私。(本気顔)


□以下はとても長く語っていますのでふっとばしていただいても構いません。
半分くらい思考整理なんだ…本当に。



チルドレン達は思い切り反発が出来ていた分、溜め込む物は仔賢木さんよりなかったと思います。なにより三人ですしね。
彼女たちの荒み具合はいつぐらいから始まったのか…。
幼児の時だとそこまで辛そうにも見えないんですよね。狭いながらも絶妙なバランスを三人で作っていたようなので。
やはり特務が始まり外の大人と接するようになってからかな。
バベル内部は局長の尽力もあってそれなりに理解できる人が多いみたいだし。
外の世界の広さに憧れると同時に拒絶を受けてしまって荒んでいったのかなぁとぼんやり…。

賢木先生はもともと外の広さを知っていたけれど、急に閉じこめられて、けど閉じこめられた理由が理解できたから嫌だということも出来なくて、押さえ込んで押さえ込んでついに爆発。
爆発したおかげで外に戻れたけど高レベルエスパーってのを隠すことはもう出来なくて、奇異の視線の中自らの目標だけにどうにか進んでみたけどその目標すら腐ってたから荒んだ十年弱だったのかとか賢木先生のことを考えてると思考が止まりません。

あと皆本さんと賢木さんの出会いについても少し。
皆本さんは賢木さんの名前を知っていたけれど賢木さんは知らなくて、(賢木さんはレベル6サイコメトラー+超問題児でいやでも噂が流れまくり。けど賢木さん自身は必要最低限も人との接触謀ろうとしない上に基本的に他人のことはシャットアウトしていたので皆本が有名人でも興味なしと思われ)いくら皆本が本当の意味で優しいといえど、普段関わりのない他の学部の人間(皆本の研究には関わるけれど、賢木は協力していない気がします)に、素行が目に余るからって説教しにいくのはやはり賢木に興味があったからではないかと思うのです。
皆本の孤独は天才故に皆の輪から排除されなければならず、ある程度の年齢を得てもその孤独感は同じ立場の人間でなければわからないわけで。
だから賢木にそれを求めた、というのはあるんじゃないかと…。
仲間かもしれない、と思ったからこそそんなもったいないこと(自分も他人も拒絶しまくり)してないで一緒に歩いてみない?と行動起こしたってこともあるかなと。

皆本に興味がある人物は多かったようですが、友人だったのは結局賢木が一番だったみたいですし。(合コンで「皆本が行くなら行く」と賢木にいうのは、賢木なら皆本を引っ張り出せる立場だからこそですよね)

行動起こしたのは皆本だったけれど、それで皆本が考えている以上に賢木にとって皆本は特別な人物になり得た、ってのはいまいち気づいてなさそうな感じがします。
で、今回はそれに気づかせてみた(笑)

相変わらず語りまくりですいません…。
これを全部本当は文章の中に埋め込めれば良いんでしょうけど、書ききれている自信がないのでつい…。
あと今はコレが精一杯ですが、もっとちゃんとした賢木先生の過去が書きたいなと思ってます。
……視点と状況の選択を変えれば出来るかなー…。
うー、文才が欲しい…。(も、かな(笑)
まー結局何が言いたいかって皆本も賢木先生も互いに互いがとっても大事って事ですよ。
ぶっちゃけ薫ちゃんにとっての葵ちゃんや紫穂ちゃんが賢木にとっての皆本だと思うので。
ただ皆本にとって賢木がそうであるかが怪しいですがね…!(そうであって欲しいですが彼は自分が受け止めるものが多いからなぁ…)
きっと賢木が気の置ける友人であることは間違いないので、最優先事項ではなく「賢木だから」一番後回しにしてもいい、のかなとか。(平気で殴ったりとかはその現れですよね…!)
そういう意味でチルドレンと真逆にいる特別な気はします。

賢木が撃たれたときは本当に必死だったと思うよ…!!

08/05/17





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