あの日の自分がそこにはいた。








月が欲しいと吼く子ども









「これから君たちの健康管理を担当する賢木先生だ」



コメリカで取得した医療技術を発揮する場所にバベルを選んだ。
まさか戻ってくるとは思わなかったけれど、自分にとって一番良い場所であるには違いない。

この国で賢木がいられる場所など限られていたし、何より彼がバベルを選ぶというのならそれ以外の道を考えられはしなかった。
それに誰にも気兼ねせずに能力を発揮出来るならば、それはそれで良いことだ。

バベルにいたままでは医術を学ぶことが出来なかったけれど、知識も技術 も得た今ならばバベルはきっと居心地の悪い場所ではない。
そう、思い込んで。



バベルへの入局は至極簡単なもので、超度7に次ぐエスパーである賢木と、そして並んで天才と名高い皆本の入局は騒がれた。
賢木はまるで縛り付けられるかのように沢山の肩書きを得てバベルの専属医師となった。
研究費を潤沢に知的好奇心を満たしながら医師の仕事も出来ることは、まぁありがたいことだったけれど。

賢木個人に与えられた研究室と、それから専用の診察室。
別に共同でも賢木としては構わなかったが、専用の方が確かに面倒は少なくて済む。
与えられる特権に苦笑している賢木に新しい指示が下されたのは、バベルに戻って大分馴染んだ頃だった。








「……医者?」
「この人に私たちを任せられるの?」
「どうせ治療にかこつけて色々な研究するんだろ」



賢木を出迎えたのは、好意的とは到底言い難い女の子たち。
噂には聞いていた。
日本で初めて超度7を示したエスパーがいると。
まだ少女である彼女たちは、それでもバベルの生活が数年に渡っていた。
ほんの幼い頃からバベルに入り、訓練と監視をうけている。



賢木はあの日の自分が目の前にいることに。
知らず笑っていた。





「あー賢木くん、彼女たちは今年から特務に付いているんだ。チーム名はザ・チルドレン。なにしろ超度7の彼女たちが付く任務は難しいものが多い。エスパーはデリケートだからね…是非君に定期の診察を頼みたいんだ」

局長が汗を拭きながら賢木に懸命に説明する。
昔と変わらない局長に賢木は笑いながら頷いた。
きっともう何人もの医師が彼女たちを担当したのだろう。
そして駄目だった。
満足に診察することも出来ず、ときには研究対象としか見なさず彼女たちに接しただろう過去の医師達を思う。

少女達の荒みきった表情。
賢木を歓迎しない空気。
自分はよく、知っている。




「君たちを担当する賢木修二だ。これからよろしく頼む」




賢木は笑みを浮かべると、彼女たちに手を差し出した。
局長に促されてチルドレンは、嫌そうにその手を賢木に向ける。
賢木がチルドレンの手を握れば、彼女たちはそれぞれ憎まれ口を叩いた。


「葵と紫穂に何かあったらただじゃおかねぇからな」
「見逃さないよ。どんな小さな事も」
「必要以上に時間かけたらすぐおいとまさせてもらうわ」
「検査によるが、時間は検査のために必要な時間だけもらうと約束しよう」
「そんなこと言って、貴方はどれぐらい持つのかしら?」


最後に握手をした少女が能力を発動した。
キュンっと軽い音を立てて賢木の思考を読もうとする。
この子が超度7のサイコメトラーかと賢木がぼんやり考えていれば、少女は急に手を振り払った。


結構、嫌なんだけどと。
そんなことはおくびにも出さず賢木は手を振った。



「紫穂っ!?」
「あんた紫穂になにしたん!」
「……この人、考えが読めない…!」


少女の様子に、他の二人が敏感に反応する。
刺されるような空気に(もしかしたら本当に何か出ているかもしれない)

賢木はさりげなく身を守りながら紫穂に視線をやった。
紫穂は警戒して賢木を見やるだけで、口を開こうとしない。



「ま、待て君たちっ!賢木くんは君たちと同じエスパーなんだよ!紫穂くんと一緒でサイコメトラーだ。何も心配することはないっ」
「……サイコメトラー…?」
「ごめんな、隠すつもりはなかったんだけど言うタイミングがつかめなくて。高レベルサイコメトラーは互いに読みづらいから、読めなかったんだな。改めまして、超度6のサイコメトラーの賢木だ」



局長が慌ててフォローにはいるのに、チルドレンは疑わしげに賢木を見やった。
体中から発する拒否の空気は少しだけ収まって。
賢木は人好きのする笑みを浮かべながら彼女たちを伺う。

伝わってくるのは戸惑った感情。
賢木が普通の医者ではなく、エスパーであるとわかったからどう接すればいいか考えているのだろう。
彼女たちほどではないが、賢木だって数えるほどしかいない貴重な高レベルエスパーなのだ。
自分たち以外の『特別』を初めて目にするのかもしれない。
少女達は身を寄せ合い、固く手と手を握って慎重にこちらを伺っている。




「言うタイミングなんて、自己紹介の時でよかったじゃない」
「そうだっ、」
「うちらんこと勝手に透視たんやろ。噂の超度7はどんなガキやって、」

ふっと、紫穂が零した言葉に他の二人が同意する。
ああ、まずい。
賢木はそう思うがきっと彼女たちに何を言っても通用しないだろう。




幼い頃からバベルに保護された彼女たちは、きっと物わかりがいい子どもではない。
自分たちが特別な存在なのだと嫌でも突きつけられ、その能力を求められた。
彼女たちが学ばなければいけない大事なことは全て置いてきてしまった。

能力が高ければ高いほど喜ぶくせに同時に疎まれる。
人間ではないと、化け物だと異端の目で見られる。
彼女たちにとって世界は敵ばかりだ。
身を守るために力を行使しなければならず、行使すればまた線を引かれてしまう悪循環。






「君たちの噂は聞いていたし、どんな子達なんだろうとは気になってたことは本当だ。けど透視てはいないよ。そんな失礼なこと出来るわけないだ ろう」
「……悪かったわね、失礼で」


賢木が誠意を込めて言えば、紫穂が憎々しげにそっぽを向いた。
握手の時のことを揶揄されたと思ったのだろう。
局長がまた慌ててフォローを入れる。
賢木はけれど苦笑するだけで、なにも言い逃れようとしなかった。
それがまた三人の反感を買ったのか、びりびりとした空気が間に流れる。




「局長、」
「局長っ!特務エスパー出動要請です!!」

一方的なにらみ合いが続く中、賢木がようやく口を開こうとしたときだった。
先ほど賢木を案内してくれた秘書の女性が、慌てて部屋へ飛び込んでくる。
同時にチルドレン達が身につけている携帯がけたたましく鳴り響き、三人の目が変わった。




「ザ・チルドレンチーム出動だ!」
「……了解、」
「気をつけて行ってこいな。戻ってきたら、俺の診察を受けてもらうから」

局長が芝居がかったポーズを取れば、チルドレン達は嫌々了承を示し賢木の言葉には見向きもしないで次の瞬間には消えていた。
きっと現場運用主任の元へ行ったのだろう。






「すまなかったね賢木くん…」
「いいえー、懐かしい気持ちになりましたよ?」
「本来は良い子たちなんだ。けど私だけの力じゃどうしようもない部分が多すぎて、」


チルドレンが消えて、静かになった会議室で桐壺がうなだれる。
秘書官が気遣わしげに桐壺に書類を渡すと、その場を後にした。




「まぁ、わかりますよ」
「君なら…同じエスパーで高レベルの君になら少しは心を開いてくれるかと思ったんだが」
甘かったようだねと。


苦笑する桐壺に賢木も肩を竦める。
あの様子を見る限り、多大に問題児なのだろう。
無理はないと言っても実際相手にする方は大変だ。



「実は彼女たちの担当指揮官は既に何人も替わっていてね…。君と合いそうだったら頼もうかとも思ってたんだよ」
「それは無理でしょう。第一俺、なんのために医者になったのかわかんな くなってしまいます」



賢木のあっさりとした否定の言葉に、桐壺は深い溜息をついた。
高レベルエスパーは手が掛かると思っているのだろう。
桐壺の心労の原因になった覚えのある賢木は笑いながら窓辺へと近づいていく。



「無理だなんて、そんなことはない」
「駄目です。俺はここから一度逃げ出した」

高くそびえ立つバベルの塔。
その下で小さく人や車が目まぐるしく行き交っているのが見える。
あの中のひとりだったはずなのに、いつの間にかこんな高いところまで来てしまっていた。
多少他の子どもとは違っていたことは知っている。
一度本を読めば全てが理解できたし聞いたことは忘れない。

それが全ての子どもに当てはまらないことを知っていたから、賢木は努力する姿勢を忘れなかった。
だから賢木は輪の中に入れていた。
それなのにあっさりとその中から連れ出してしまったのはバベルの存在。
初めてバベルへ連れてこられたあの日のことを賢木は忘れない。


賢木は賢明な子どもだった。
物わかりの良い子どもだった。
難しい言葉を並べ立てる大人達の言いたいことを理解できてしまった。




いっそ理解できなければ楽だったのかもしれない。





「それは、私たちが力不足だったんだ」
「……多分きっとそれもありますね」
「……言うね、賢木くん」

よく晴れた青空を見上げて賢木は桐壺に向き直る。
賢木は笑っているが、桐壺からは逆光でよく見えないだろう。
どんよりとした空気を背負いながら肩を落とす桐壺に、賢木は笑みを深めながら続けた。




「あの子達はちゃんと嫌だって意思表示してるし、何よりちゃんと仲間がいる。俺みたいにはなりませんよ」
「……賢木くん」
「それに貴方も居ますしね。貴方の存在は救いでしたよ。俺を、エスパーを無条件で全肯定してくれるってのはどっかに響いてる。少々、暑苦しくてもね」




桐壺の顔が泣きそうに歪んで笑った。
賢木は窓を背にしながらその皺の増えた顔に、苦労した年数を思う。
彼女たちのことは同情するが、あの態度から見るに生意気な子どもであることも事実だ。

それでも手を伸ばす存在がいなければ、彼女たちがいずれどこかに綻びを見せるだろうことも賢木には充分わかってしまって。




きっと彼ならば。







「局長。俺、いいやつ知ってますよ」
「……賢木くん?」
「俺が出来る精一杯です」





チルドレンの気持ちがわかる。
わかりすぎて、賢木では駄目なのだ。
彼女たちに必要なのは傷を舐め合う仲間ではない。
彼女たちと同じ側では駄目なのだ。

違う立場で。
彼女たちを理解してやれる奴がいるとすれば。
それは。













「皆本光一を呼んで下さい」

その手を貸してあげよう。
それが俺が君らに出来る精一杯。












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賢木先生の年表が欲しい…orz。
賢木先生はきっと過去に一回はバベルに入局してると思うんですよね、ESP検査に引っ掛かった時点で。
賢木先生の能力発覚が10才として12年前。
そのときチルドレンは生まれていないわけで、そうするとバベルの特務エスパーが皆総じて若いことから当時のバベルが知った最高レベルは賢木先生だったわけでして。……多分離さないよなぁ…。
どうやってノーマルの中でずっと過ごしていたのか…。
黒巻ちゃんの例もあるわけですが10才そこそこの少年を離しはしないかなと。

特務開始してからチルドレン担当医になった、と思うんですがどうなんでしょうね。
訓練時は他の医師とかでも充分そうだし…。怪我までする訓練はしてなさそうだし…。
でチルドレンご対面時に、バベルに連れてこられた当時の自分を思い出すんじゃないかなーって。
皆本に会うまで相当荒れてたみたいだからね…。
能力発覚前は、きっと現在みたいな性格だったと思うんだけどな。どうなんだろ。
でも荒んでいた時期の方が長いんだよな…。うむ…。

皆本さんがチルドレンの担当指揮官になった経緯は初期設定・アニメ・最近の本誌で少しづつ違うわけですが、皆本より先に賢木先生がチルドレンと会っていたらさりげなく皆本の名前を賢木先生が出してる可能性もあり…かなと。
過去の自分とチルドレンを重ねれば尚更で。

あと局長ですが、彼の存在はなんだかんだでエスパーにとって救いじゃないかなというのはドリー夢でしょうか…。
だって全肯定だぜ?賢木少年のこともきっと今のチルドレンのようにまでいかなくても大事にしてくれてそうだという感じで。

ぐだぐだと長い後書きですいません…。思考整理も兼ねて…。
一応続きで更にかっとばします。
皆本さんと局長がメインですよ。でも賢木先生ばっかりですよ。


08/05/14





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