あんなにも光を求めていた彼が好きだった




光に真っ直ぐに進んでくることが、嬉しかったんだ








冬来たりなば春遠からじ 雷鳴
















ぱちぱちと、遠くで音がする。
篭もったようなその音は耳に穏やかに入り、溶け込んでいく。
耳に障らない、どこか知った音に蒔人は口元だけ緩める。



ここは、どこなのだろう。
そんなことを思っては、まぁどこだっていいかと終わらせてしまう。
ここはとても心地が良いから。
だから、どこであろうと構わないのだ。




日だまりの匂いがする布団に、気に入りのシーツを敷いて。
シーツの冷たさがほどよい刺激に、滑らせる足を優しく包む毛布。
そんな柔らかさが、蒔人を取り巻いている。

本当にそうなのかはわからない。
蒔人はずっと目を閉じているからだ。
夢と現。
その間を何にも邪魔をされずに先ほどからたゆたっている。
とろとろとしたミルク色の夢。
弛緩した体をふうわりと包み込む空間。

疲れた体を伸ばしきっても、邪魔をする物は何もない。


そのことが嬉しくて、蒔人は逆に膝を抱え込んだ。
すればとくりとくりと聞こえる規則正しい心音。
その音がまた心地よくて、蒔人はふうわりと微笑んだ。



ここには何も届かない。
かろうじて届いてくるのは、蒔人の好きな音だけで。
その音も耳に痛いほど響く音でなく、かといって途切れてしまうほどの微 かな音でもない。
静かに続く、遠くに聞こえる優しい音。


蒔人が完全に眠ってしまえばその音も遮断されるのだろう。
だけどもう少しだけ、こうして心音と交えながら聞いていたいと思う。
頬にあたる柔らかさ。
鼻を擽る日だまりの匂いが、とても。





「――――――…っ!!」





急に、聞こえてくる音が激しくなった。
耳障りな音となったそれは、容赦なく蒔人を攻撃する。
いらない。
いらない、いらないいらない。



優しい日だまりの匂いなんて、もう自分には必要ない。
胎内の中にいるような、水音なんて必要ない。

土に根を伸ばし、空へ枝葉を伸ばすためのそれは、いらないのだ。




「ここ…じゃ、駄目だっ……」



もっと深く深く遠いところへ行かなければ。
光の届かない、もっと奥へ、向こう側へ行かなければ。
少しでもその暖かさと心地よさを知ってしまったら。
もっと欲しいと願ってしまう。

そんなことは許されない。


光が照らし出すのはただひとつだけではない。
自分だけが、望んで良い物ではないから。
今更、口にすることなんて出来ないから。





「―――…あ、やっ……」

耳の奥で鳴り響く警鐘。
ぎゅうっと自分を守るように強く体を抱きしめる。
今更口にして何が変わるというの。
光が自分の物になるわけではない。
それどころか、折角光を受けてきらめいていた水面が乱れて汚れてしまう だけ。

だから、勇気もいらないんだ。
前へ進むための勇気も、今更必要ない。






ごめん、ごめん。
なんて情けないんだろう。
こんな自分はいらない。
だからもっと落ちていこう。
深い深い光の届かない其処へと、逃げていこう。

光を知らない世界で、小さく小さく体を埋めよう。
暖かい土の中。
世界はそれでも優しいから、その中で眠ろう。


光も水も風も届かない土のそこで。
冬の雪の美しさにも春の光の暖かさにも気づかないまま眠ろう。








流れ込んでくる力強い、けれどやさしい力。
自分はそれを知っている。
けれど欲しいとは思っていない。

両腕を地に付けて体を起こす。
光の中とも闇の中とも判別付かない奇妙な明るさに、蒔人は目を開けて何 度か瞬きを繰り返した。

とんっと力の流れから一歩遠ざかれば、柔らかい草が足を包み込む。
裸足なのだ、とぼんやりと思ったがまだ流れ込んでくる力にそんなことは 霧散してしまった。


早く早く、逃げなければ。
あれに包まれてしまったらまだ誰かが傷ついてしまう。
誰かを守るための力で、自分は誰かを傷つけてしまうから。






「――――…っ誰かって、誰だよ…!」

走り出す。
差し込む光。
穏やかなせせらぎの音。
流れ込むそれらから抜け出すように、全力で地面を蹴った。

息が上がる。
心臓がばくばくと音を立てる。
耳の奥で血流が激しいほどに流れて、喉が痛くなる。



ああでも。
あの子の痛みはこんな物じゃなかった。
彼らの痛みはこんな物ではなかったのだ。












誰をも、傷つけずにすむ場所で。
誰にも傷つけられずに眠ろう。

それでも世界はちゃんと回るから。













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大変長らくお待たせしました。
冬来たりなば春遠からじその5です。
どこが1話完結チックなのかと自問自答しつつ、今回は眠っている蒔兄です 。
一番この部分のお話を作るのが難しく、何度も書き直した割には一番短く なってしまいました。(基本的に1話が長いので本当に短いです…)
蒔人兄はいつだって逃げ出さない人だったから、逃げることをさせるのが 辛かった…。
でも自分がいることで誰かを傷つけてしまうぐらいなら、そこで初めて逃 げるという選択肢があってもいいかな、と…!!
それは蒔人兄の心でもあって、誰かを傷つけずに済む=誰かに傷つけられ なくて済むが両立してもいいんじゃないかというのが…伝われば…orz。

いつも長々と解説という名の言い訳ですいません。
次が本当に書きたかったシーンが書けるかなーと自分でも考えています。
芳香ちゃんと翼ちゃん出番ですよ。
(ヒカル先生はあるかわからん気がしてきた…)

08/02/24

  




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