金の糸 銀の針、千の夜 十の嘘











「――…すごい雨ですね」
「折角のおめでたい日なんですけどねぇ。なんだか水が差されるってこう いう事言うんですかね」


日本は、車窓から外を覗いて息を吐く。
着いたときから雨が降り注いでいるが、それが余計に増したようで日本は 窓に流れる雨を指でなぞった。
タクシー運転手は、静かに目的地へと向かっている。
日本は同乗している青年の、立派なカメラにふと視線を落として彼の言葉 には曖昧に頷いた。



おめでたい日、なのだろう。
今日は香港の記念すべき日だ。
長年植民地として過ごしてきた香港が、正しい主の元へと返還される日。
植民地だった香港が、解放される日。



日本はその式典に呼ばれており、今日はこれから中国と軽く打ち合わせを しに向かっている最中だ。
何かと都合が重なって訪れるのがこんな夜中になってしまったが、昨夜か ら今日にかけて一日お祭り騒ぎだから気にするなというのが中国の言葉だ った。
上司は先に用事をすませてホテルへと戻っている。
日本も朝の方が良いかと思ったが、むしろ来て欲しいと中国に言われこう してタクシーを捕まえて向かっている。
護衛とまでは言わないが、武術の心得がある記者の青年と二人連れ立って いる姿はどう見えるのだろうか。
運転手は先ほどから職務に専念している。
このお祭り騒ぎの中であれば、運転手も会話に参加してきても不思議では ないが、もしかしたら日本語が分からないのかもしれない。
ならば余計に怪しく見えはしないかとぼんやり思いつつ、日本は窓の外を 眺めている。



「ほら、本田さん。この雨なのにみんな騒いでて楽しそうですよ」
「そう…ですね」

青年は日本のことを『本田菊』としてしかしらない。
そう言えば彼は自分のことをどう捕らえているのだろう。
見づらいだろう窓の外を凝視する青年は、とても楽しそうだ。

詮索されないのは楽だが、何を考えているのかも分からなくて少しだけ日 本は言葉に迷う。
楽しそう、なのだろうか。
極彩色の花が夜空に広がっている。
歓声が車の中にいても聞こえてくる。





それでも、この雨は。











「本田さん、先に行ってください。濡れちゃいますよ」
「私より貴方の方がまずいのでは?そのカメラ、大事なものでしょう」

程なくして目的地へと付いて二人してタクシーから降りる。
それなりに荷物のある青年が、トランクから荷物を出すのを手伝おうとす れば青年は笑って日本を促した。
けれどどちらかと言えば、記者である彼の方が日本より濡れてはまずいだ ろう。
カメラはまだ車内にあるとはいえ、その身につけているフィルムやレコー ダーだって水は厳禁だ。
そう言って日本が青年を促したときだった。

二人の頭上に、傘がそっと差しだされる。



「あ…すいません」
「気にせずに。大事なお客様への仕事の一環です」

日本が傘の差し出し主――…タクシーの運転手に礼を言えば彼は流暢な日 本語で返した。
僅かに目を見開く日本に、運転手は少しだけ口元を緩める。



「外国人として、語学をやるのに日本語は大事ですよ。ただでさえこの土 地は日本と近いですし…」
「そうですか。それは嬉しいですね」
「ええ。日本語と英語が出来れば困ることはまずないです」


運転手と日本がそんな会話を交わしている間に、青年は荷物を手早く下ろ し終えた。
青年が日本に話しかけるのが会話を終える合図だった。
日本も青年の後を追おうとすれば、背中に静かな運転手の声がかかる。



「この雨は涙ですよ」
「――――…え、」
「香港が、泣いているんです」







ばたん、とタクシーのドアが閉じられる。
とても穏やかで、静かな笑みが妙に脳裏に焼き付いた。

タクシーが去ってもぼぅっとそのあとを見ている日本を現実に戻したのは 黒塗りの高級車。
日本に危ないですよと肩を叩いた青年と、その車に乗っているよく知った 顔。

昨日。
ほんの数十分前まで香港の主だった彼を見つけて、日本は思わず足を踏み 出しかけた。


「イギリスさん……!」
「ほ、本田さんっ!?濡れますよ!!」

はっと手で口を押さえる日本の腕を引いて、青年は怪訝そうな顔をしてい た。
車は静かな音を立ててここから遠ざかっていく。



「すごい高級車でしたね」
「そう…ですね…」
「さっき英国って言ってましたけど、英国の関係者かもしれないですね。 あーあ、話とか聞ければよかったのに」

青年がほうっと車を見送るのに、迂闊なことをしたと日本は内心焦ってい た。
気にした様子がなくて何よりだが、話をするなんてもってのほかだ。
彼は英国関係者なんかではない。
英国本人なのだから。




そんな日本の考えを知ってか知らずか、青年はのんびりと荷物をもって歩 き出した。
日本もその後を追いながら、中に入る前に振り返る。
降り注ぐ雨。
止む気配は見えない。



香港が泣いている。
イギリスは今何を思っているのだろう。






青年が日本を呼んだ。
日本は香港の涙から目を逸らして、中国の元へと行くべく踏み出した。











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リクエストありがとうございましたー!
香港のお話、と言うことで以前から書きたかった話に着手してみた次第で す。
香港は当サイトの捏造キャラなので、ご所望いただき本当に嬉しいです… !

香港というキャラを捏造し、お話をアップしたところ拍手で教えていただ いた香港に関してのニュースを元に今回のお話は書いてみました。
日本人記者が現地の人に香港が泣いていると、雨の香港返還を聞いたそう で…。
ようやく今回妄想を形に出来ました。
リクエストしてくださり本当にありがとうございました!……しかし今回 香港が名前しか出てこなかったので、おそらく続きを書くと思いますので よろしければそちらの方もまたみてやってください…orz。(すいませんて いたらくで〜!!)

少しでも気に入ってくださる部分があれば幸いです。

07/03/20






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