それは他愛ない、日常の言葉遊び











ローズィーワールド











「なぁ、もし俺とアメリカが今にも落ちそうに崖からぶら下がってたらさ 、どっちを助ける?」


イギリスの本のページをめくる手が止まる。
深く眉間に皺を寄せて見やるイギリスに、けれどフランスはにこにことし ている。
イギリスは暫くそんなフランスを眺めていたが、やがて興味をなくしたよ うに本に目線を戻した。
ぱらり、と軽い音が部屋に響く。



「イギリスー、聞こえなかったのかー?」
「聞こえた。くだらねぇ、付き合ってられるか」
「いいじゃん、仮定の話だよ仮定の。たまにはいいじゃんこういう戯れ言 もさ」



フランスが言うのにも、イギリスは顔を上げずに目線は本に落としたまま だ。
けれどフランスは気を悪くするわけでもなく、イギリスの答えを待ってい る。

此処まで来るのにどれぐらい、かかっただろうか。
会えば口論、喧嘩は当たり前。
屋敷に上がるのだって下らない理由を引っさげて。



「……崖からお前らが落ちそうだったら、か…」
「そう。どちらか一人しか助けられない、一人を助けている間にもう一人 は落ちるとしたら?」
さぁ、どっち。



左手で唇をそっとなぞりながら、イギリスは右手で本をめくった。
考える動作を見せるイギリスを、フランスは満足そうに見やっている。
静かな空間だったが、嫌な沈黙ではない。

この静かな時間を共有できるようになるまで、よく待てたものだとフラン スはつくづく思った。



犬猿の仲、と言われるほどずっとちゃんと近くにいた。
彼が本当に心を許すまで。
一番目の裏切りを、覆い包めるようになるまで。
どんなに嫌おうと嫌われようと隣にいることを選んだ。


勿論今だって些細なことで口論になるし、気に入らないことがあれば殴り 合いだってする。
けれど、以前と違うのは何もなければ何も起こらない、ということ。



こうして、二人で静かな空間にいるということ。
それは、フランスの努力の賜であろう。




「そんなに深く考えなくても良いって。戯れ言なんだから」



そう、これは他愛のない戯れ言だ。
きっと本気でイギリスが選ぶならば答えは決まっている。
何があったってイギリスは、あのかつての幼子を見捨てることは出来ない 。
大切な友人であろうと、恋人と言える人物がいようとも彼にとっての愛し 子は絶対なのだ。

だからせめて、欲しいと思う。
戯れ言だけでも、言葉が欲しい。




「だってお前ら二人だろ?」
「おー、そーだよ?」
「じゃあ無理」



フランスのそんな思いに気づいているのかいないのか。
イギリスはぱたんと本を閉じると、しれりと言い放った。
フランスは、思いも寄らぬ言葉に思わず目を見張る。



「アメリカもフランスも、俺の力じゃ到底持ち上がんねぇだろ。てめぇら 二人とも無駄にでかいんだよバーカ!」
「……いや、俺は標準だっていうかすげぇ気ぃ使ってるぞ体型には!美の 国舐めんな!お前が貧相なんだよ!」
「うるせぇ何が美の国だ、無精髭はやしてるくせに!」
「これは計算尽くされた大人の魅力だっての!」


理由が、出来た。
思わぬ回答に、聞き捨てならない言葉が入っていてフランスは応戦体制に 入った。
勿論それにイギリスも負けてはいない。
互いに一通り言い争って、フランスは不毛な争いに気づいた。
聞きたいのはこんなことではない。



「イギリス、じゃあ少し問題変えるぞ」
「どこをだよ」
「小さいアメリカと小さい俺!それならどっちだ!!」



勢いよく立ち上がってイギリスに人差し指を向けて言い放つ。
自信満々に言って、けれどフランスは選択を間違ったことに気づく。



「小さいアメリカと小さいお前か……」



これでは決まったような物ではないか。
地雷とも言える、昔のアメリカを持ち出してフランスは背中に冷や汗が伝 うのを感じた。
イギリスは眉を寄せてフランスを見やっている。



「じゃあ、両方」
「…………へ?」
「二人とも小さいんだろ、なら二人ぐらい同時に持ち上げられるだろ」



また、意外な答えが返ってきた。
フランスが拍子抜けしたように、瞬きを繰り返せばイギリスがとりあえず 座れと促した。
フランスはすとんと椅子に腰を下ろして、片手で顔を押さえる。



「いや違うぞイギリス。それじゃあ最初の趣旨に反するだろ、どちらか一 方しか助けられないんだって」
「しつこいなてめぇも。戯れ言なんだろ?」
「とにかくだ。イギリスの腕力とか、俺らのサイズとか考えるな。お前が 助けるのはどっちかって聞きたいんだよ、俺は」



そう、これはイギリスの言うとおり戯れ言だ。
けれどフランスにとっては大切な戯れ言なのだ。

他愛なく、こんな言葉の掛け合いを出来るようになった自分たちの。
大切な言葉の一つなのだ。





「………それなら、」
「それなら?」



『お前って言えば満足か?』
『とりあえずフランスにしといてやるよ、目の前にいるし』

そんな、言葉で良いのだ。
仕方がないとか、そういう理由で良いから欲しいと思った。
けれど真面目な様子で口を開くイギリスからは、おそらく期待できないだろう。

もしかしてわかってやっているのかもしれない。
見事なずらせ方に、フランスは苦笑しながら腕組みをして背もたれに体重を預けた。
確かにイギリスの言うことはもっともで、フランスが強要することではな い。
フランスが勝手に考えていることを、イギリスに無理矢理付き合わせたっ てそれはただの驕りになるだろう。


ただ欲しいと思うことぐらいは、許して欲しいと思うけれど。










「アメリカ、だな」




もうなんとなく予想していた答えであったが、実際聞くと意外にダメージ が大きかった。
上手く笑えているだろうか。
こんな戯れ言で泣きそうだなんて、彼に知られてはいけない。



「やっぱそう…」
「で、アメリカを助けたら俺も落ちる」


殊更明るく言おうと思った言葉は、イギリスが途中で遮った。
すでに彼は本に手をかけ、視線を落としたままついでのように口を開く。
目線は左から右、上から下へと忙しく動いていた。
文章を追っている。
そんな中、彼は当たり前のように言った。








「落ちてったお前を追いかけて、俺も落ちる」








あ、水が沸いたな。
かたん、と小さな音を立ててイギリスが立ち上がる。
遠くで聞こえるケトルのシュンシュンとした音は、フランスにも聞こえて いた。
イギリスは紅茶を用意しに部屋をあとにする。

残されたフランスは、べたんとテーブルに上半身を懐かせた。
伸ばした手の先に、イギリスが読んでいた本があってなんとなく手元に引 き寄せる。
重厚な赤のハードカバー。
栞が挟んであるのを、フランスは遠慮なく引き抜いた。



「……確信犯じゃねぇだろうな、イギリスめ…」

他愛のない言葉遊び。
仕掛けたのはフランス。

らしくもなく顔が赤くなるのを自覚しながら、フランスは顔が緩むのを止められなかった。






助けられるものならば、

出来る限りに手を伸ばす親心。


愛した人と共にいきたい、恋心。

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珍しく完全に付き合っている仏英でお届けします。
ラブラブな仏英…になっているでしょうか…!
仏英はフランス兄ちゃんにしてやられるイギリス、の図が多いと思うので すが無自覚にあのフランス兄ちゃんをしてやるのもイギリスだと思います 。
ちょっとフランスぐるぐるさせすぎたかな…と、思うのですが愛の伝道師 たる兄ちゃんだって愛を欲しがっても良いじゃない!という結果がこちら です。

煉靴様、リクエストありがとうございました!とても楽しかったです〜v
少しでも気に入ってくださる部分があればと思います。

07/12/20






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