雨色コンシール









「―――…っ」
「イギリス、くん?」



窓の外を眺めているイギリスを見かけたのは偶然だった。
今いる屋敷はアメリカのもので、会議のために泊まり込んでいる。

どうせだからと夕飯はフランスと中国の二人が作ることになり、アメリカ はキッチンの説明をするために駆り出されている。
ロシアも最初はキッチンにいたのだが、頼むから出来上がるまで部屋にい てくれと言われて不承不承こうして部屋へと戻る廊下を辿っている。
持たされたのはウオッカと、お茶とジャムが入ったバスケットだった。
確かにロシアが何か言う度に中国は皿や鍋をひっくり返したし、アメリカ を突けば異様な雰囲気にフランスが両手を挙げていた。


「こんなので誤魔化されると思ってるのかなぁ」
ロシアはひとりごちながら柔らかな絨毯を踏み進める。
人気のない廊下は、それでも暖房が暑いくらいに利いていて相変わらずの アメリカにロシアは巻いているマフラーを口元まで引き揚げた。
寒いのは嫌いだ。
けれどこんな遣い方は、逆にアメリカの恵まれた状況を突きつけられるようで余計に神経に障る。



それに、寒いことには変わりない。




ロシアがそんなこと考えながら廊下を曲がった先にイギリスはいた。
ロシアの存在にはまだ気づかずに、窓の外を見つめている。
そういえば、イギリスの姿がキッチンになかったと思い出したのは今まさ にこのときで。
丁度いい暇潰しの相手を見つけたロシアは、声をかけてまた気がついた。


イギリスが泣いている。
たまに鼻を啜り上げながら、必死で涙を拭っている。


イギリスがよく泣くというのは、アメリカやフランスに聞いているから知 っている。
けれどロシアは知っているだけなのだ。
イギリスが、実際にロシアの目の前で泣いたことはない。
怒鳴っているときや叫んでいるときに生理的な涙を浮かべることはあった が、それだけだ。


イギリスはロシアの前で隙は見せない。
無駄に敵意を見せることもないが、必要とあらば彼はすぐにロシアに銃を 突きつけることが出来る。
あの童顔の青年はときに冷静さの欠片もない姿を見せるが、それでも長い 間ロシアの願望を邪魔していることは事実で。

今はアメリカに譲ったとはいえ、彼は大国として頂点をずっと支配してい たのだ。
その実力は推して計るべしだろう。



それなのに、なぜ今イギリスが泣いているのだろう。
ここはアメリカの屋敷であり、今は会議で皆集まっているのだ。
イギリスが気を緩めるとも考えられない。




「ロシアか…」
「何か悲しいことでもあったの?それとも悔しいことでもあった?ここは アメリカ君の家だし、もしかして両方?」

イギリスがロシアの方を向いた。
少し驚いているようだが、焦っている様子は見られない。
ごしごしと袖もとで(着替えたのか、スーツではなくシャツと柔らかそう な上着だ)目元をこするイギリスは幼い子どものようだ。
それでも涙が止まることはなく、ロシアはイギリスの元まで近づいていく 。


「そんなことぐらいで泣くかよ」
「じゃあどうしてそんなに泣いてるの」


ロシアの言葉にイギリスは動揺していない。
これは通常のイギリスだ。
会議や、集まりで見せる外に対してのイギリス。
声も震えていない。
泣いているせいで特有の掠れはあるが、強い語気も充分に感じられる。

ただ、いつものようにロシアを見据える鋭い視線はなかった。
それは泣いているからに他ならず、懸命に止めようとしている努力は認め るが手で擦っているだけではどうにもならないだろう。
目元も手すらも真っ赤にしたイギリスに、ロシアは手を伸ばした。



イギリスが瞬間体を揺らしたのが分かる。




驚いたのではないだろう。
その理由はロシアがよく知っているが、とりあえず涙に塗れた手で拭うの を止めるのには有効だった。
イギリスはあっさりとロシアに手を取られ、眉間に皺を寄せている。



「―――…冷たっ」
「丁度いいでしょ?真っ赤だし、冷やすの最適だと思わない?僕って優し いなぁ」

目元の涙を指で拭われて、イギリスは目を細めた。
その拍子にまた涙が零れて、ロシアの指を濡らす。

ロシアはじっと瞳を覗き込んでいたが、止まらぬ涙に首を傾げた。



「……本当に面白いぐらい泣くんだねぇ」
「違う!これは特別だ……」

泣き虫、にしても少々泣きすぎに見えてロシアは純粋に興味がわいた。
このまま泣き続ければイギリスの中の水分はなくなってしまうんでなかろ うか。
そんな考えが浮かんで、口元に自然笑みが浮かぶ。
そうなったらイギリスはどんな風に乾くのだろう。

ただでさえ小さいのに、もっと小さくなってしまうのかもしれない。
そうしたら、ロシアの家にあるあの籠に入るだろうか。



「―――…妙なこと考えるな」
「嫌だな、楽しいことだよ」


ロシアの笑みに嫌な物を感じたのだろうか。
気づけばイギリスが眉間にこれ以上ないほどに深く皺を寄せて、ロシアか ら一歩身を引いていた。
涙は相変わらずだ。



「勘違いすんな。これは雨が降ってるだけだ」
「雨?」
「いつもはここまで酷くない。多分、集中豪雨…下手したら大分浸水して るから涙腺がぶっ壊れた。それだけだ」



イギリスは腕で顔を擦ると、ロシアを睨み付けた。
いつもより鋭さがないのは存分に潤んでいるせいだろう。
ロシアはきょとんと瞬きして、次には笑い出していた。

イギリスは、そんなロシアに尚も表情を歪めている。



「え…じゃあなに。君がよく泣くって言うのは、もしかして雨のせいなの ?」
「それ言ったのフランスか?それともアメリカか…後で締める。お前らだ って多かれ少なかれ影響するだろうが。何馬鹿いってやがる」

ロシアが浮かんできた涙を拭ってイギリスに問えば、イギリスは嫌そうな 顔を隠さずに答えた。
大きなため息は、疲労を隠しもしないでイギリスの肩を落とさせる。


「―――でも、止めないと大変じゃない?そろそろ、フランス君と中国君 のご飯が出来上がるよ」
「それで止められるなら俺だって苦労しねぇよ!あーもう、ぜってぇ笑わ れる……」
「じゃあ僕が持ってきてあげようか」


イギリスがまたため息を口にして、壁に手を突いた。
そんな様子にロシアがふと浮かんだ考えを口にすれば、イギリスが身を起 こしてロシアを見やった。
ぱちぱちと、何度か瞬きをするのに涙が弾ける。



「部屋まで持っていってあげるよ。うん名案。ここで待っててね」
「ここかよっていうか、何考えてやがる」
「えー、イギリスくんのことかな」

言うが早いが、ロシアはにっこりと笑って来た道を戻っていく。
すぐに廊下を曲がりその背中が見えなくなるのに、イギリスはようやく固 まっていた意識を取り戻した。

まだ景色は歪んでいる。
すんっと鼻を鳴らして、イギリスは壁に背中を預けた。
本当に何を考えているのだろうか。

正直、ロシアの申し出はありがたいがどうしても裏があるようにしか思え ない。
無駄だと分かっていても涙を拭わずにはいられなくて、イギリスは目尻を そっと指で辿った。


伸ばされたロシアの指は、とても冷たかった。
ロシアの言うとおり、その冷たさは今のイギリスには心地よかったか考え れば妙だろう。
この暖房の効き過ぎた屋敷で、なぜ。



「―――…ああ、同じなんだな」

考えようとして、すぐに答えに辿り着く。
正式の場であろうと、季節を問わず彼がマフラーを外さない理由。



彼の指の冷たさは、イギリスの涙と同じなのだ。





「だからか……」

同じだということに、気分をよくしたのだろう。
ロシアは、ひどく幼い面を持っている。
その幼い面が嬉しくなったから、イギリスの世話を焼く気になったのだ。




「……いつ止まるんだ」

まだ涙は止まらない。
せめてもう少し勢いぐらい弱まっても良いんじゃないかと思う。
出てくるときは平気だったのに、とそんなことをつらつら考えてイギリス はロシアを待っていた。


あの指の冷たさもどうにかなればいいのに。
そんなことも考えながら。









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イギリスが泣き虫なのって、雨の国だからじゃねぇのとか妄想してみた結 果。
もしくはイギリスがよく泣くから雨の国なのかなぁと身内に呟いたみたら 、いや逆だろうと言われたので当初の妄想通りになりました。
ついでにロシア様が季節問わずマフラー着用なのも(夏は一応ストールと か思ってますが)寒い国だからじゃないかなとか思ってロシア様とイギリ スです。
常時まったり。

きっと普通に涙腺弱いんだとも思うのですけどね。たまにぶっ壊れればい い。
フランス兄ちゃんは知ってそうだなー。
とりあえずこれ単品ですが、もしかすると続き物に移るかもしれません。

08/03/09





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