まるで真逆になったなと。
そう言ったのはプロイセンだった。





















「落ち着いた?ハンガリーちゃん」
「……ええ、ありがとう」


差し出されたハンカチを有り難く受け取って目元を抑える。
ふわりと香る薔薇に、ささくれ立った気持ちが少し落ち着いた。
穏やかな笑みを浮かべながらハンガリーを見守る男を、ハンカチ越しにそっと盗み見る。
緩やかなウェーブを描く髪に、深い海の色の瞳。
白い肌も昔と変わらないはずなのに、彼は、フランスは確かな絶望感をハンガリーにと持たせた。


「珈琲と紅茶、好きな方飲んで。そこのカフェ、どっちも美味しいんだ」
「……………ありがとう」


さりげない気遣いに、優しい声。
冗談めかせて下心があるのだと遠回りに言うが、実際はないに違いない。
ハンガリーはそっと臍を噛みながら場を持たせるために紅茶にと手を伸ばした。
自分は女であるのだと。
成長するにつれて現れる変化を認めたくなかったけれど、認めざるを得なくしたのはプロイセンだった。
プロイセンは粗暴に見えて女性に優しい。
ずっと男所帯で育ってきたプロイセンは、女性の扱いをわかってはいないのだが元の始まりが始まりなだけあって不意に見せる態度が真摯なのだ。
会えば喧嘩ばかりであったがそれが楽しかった。
本気で殴り合いもしたし背中を預けて一緒に戦ったこともあった。
馬鹿でどうしようもない奴だけれど、ハンガリーはプロイセンといるのが嫌いではなかったのだ。
そんなプロイセンが、ハンガリーに対して遠慮を見せた。
いつだって同じ視線で話していたのにその視線が逸らされた。
ああ、違うのだと。
もう彼とは同じ位置で立つことが出来ないのだとハンガリーはそこで悟った。
困惑しながらもハンガリーを傷つけぬよう、真実を伝えようとするプロイセンをそれ以上困らせることはしたくなくて自分でとどめを刺したのは、いつだっただろうか。


「………美味しい」
「だろ?何しろ紅茶にうるさい坊ちゃんも気に入ってるからさ、きっとハンガリーちゃんも気に入ると思って」


熱い紅茶が体に染み入った。
素直に口から付いて出た感想に、フランスも嬉しそうに笑う。
相変わらず綺麗な顔立ちだと、ハンガリーは思う。
昔のフランスはそれこそ美少女と見紛うような容姿の持ち主だった。
その可憐な姿にハンガリーも見惚れた覚えがある。
だから、手本にしたのはフランスだった。
頭の上から爪先まで。
髪に気を配り整った指先を持つようにした。
戦いになれば勿論そんなことは二の次だったが上司の傍にいる自分に、丁寧な所作を課した。
口調が一番苦労したけれど、それでも一人称を直し丁寧な言葉遣いを出来るよう心がけた。
それが曲がりなりにも様になるようになって、自分の中でも折り合いは付いたと思っていたのだ。
それなのに。



ハンガリーは、フランスを目の前にして思わずその瞳から涙を零してしまった。
ぽろりと流れてしまったそれは止めどなく後から後から流れていって、フランスは外野から謂われのない言葉をもらいつつもこうしてハンガリーと二人外にと避難してきた。
フランスはなにも聞かない。
ただハンガリーがひとしきり泣き終わるのを待って、そして今はこうしてハンガリーの気を宥めるだけに徹している。


「戻らなくていいの」
「泣いてる女の子ひとりにするなんて、愛の伝道者たるおにーさんには出来ないなぁ」
「でも、貴方には関係ないことでしょう?」



掠れた声でフランスを促した。
けれどフランスは当たり前のようにハンガリーの隣に座って笑っている。
お願いだから、もう放って置いて。
勝手に泣き出したのはハンガリーなのにそれを口にすることは出来なくて、ずっと頭の中で同じ言葉が回っている。
ああなんて嫌な子なんだろう。
吐き捨てるかのようにフランスを突き放せば、彼は少しだけ困った顔をしながら優しくハンガリーに問いかける。




「でもさ、ハンガリーが泣いてるのは俺のせいだろう?」



関係大ありじゃないかとフランスは大仰に手を広げて首を横に振った。
ハンガリーはその目を大きく見開いてフランスを凝視する。
その拍子にまたぽろりと涙がこぼれ落ちていくのを、フランスが指を伸ばして拭う。
ハンガリー自身には触れるか触れないか程度のところで動く指は、白くて長い。
誰かもそれを褒めていたとハンガリーはぼんやり考えて、その誰かに思い至ったらまた涙が流れ落ちていく。

ああ、なんて情けないの。
こんなにも自分の涙腺が弱いだなんて知らなかった。
女であることを自覚して、ぽっかりとあいた胸の裡を覚えても涙なんてでなかったのに。
どうして。




「―――…フランスの、せいじゃない…。私が、勝手に…」
「俺を見て、勝手に、泣いてるの?」



喉がひくついてうまく話すことが出来ない。
涙で震えた声が耳について余計に涙腺を刺激する。
フランスの言葉にただ頷いてハンガリーは唇を強く噛みしめた。

鼻の奥が痛い。
零れる嗚咽が止められない。

こんな姿は、ハンガリーが一番嫌う女性の姿なのに。



「俺じゃなきゃ、泣かなかったんだろう?俺が引き金だったんだから俺のせいだよ。そうでもなければ、君がこんな風に泣きじゃくるはずがない」
「―――――…っ、」
「聞いても、いいのかな。俺は女の子泣かす奴って許せないんだ」
とっちめてやらないと、ねぇ?




そういってハンガリーの頭を撫ぜるフランスの手はあくまで優しく、穏やかだ。
なんでそんな風に出来るの。


ハンガリーはただ、悔しかっただけなのに。




『てめっ、フランス巫山戯んなよ!』
『おにーさんはいつだって本気だよ?』
『一層性質が悪いわこの馬鹿がっ…!』
『うっわーええ音したなぁフランスー』
『――…ひどいわプーちゃんっ、このお兄さんの美貌を殴るなんてえいっ教育的指導お友達パーンチ!』
『どこがだてめぇ本気じゃねぇか!!』




「―――…プロイセン、とスペイン…に、あれは…」
「フランスであるか。最近力を伸ばしてるとは思ったが…」
また、成長したものだ。

会議が終わって、懇談会が始まるまでの時間。
まだ人はまばらにしか集まってない会場で、楽しそうにしている三人を遠巻きに見たハンガリーがぽつりと零したのを、通りがかったスイスが拾った。
スイスの言葉に思わず目を見開いたハンガリーは、同じく成長したはずの自分と彼とを比べてしまった。



ハンガリーが欲しかったそれを、彼が手に入れていた。
少女としか思えなかった、可憐な彼が。

逞しい腕も。
精悍な顔つきも。
厚い胸板も。



彼と対等な、立ち位置も。





『ハンガリーちゃん、相変わらず美人だねぇ』




会場に足を踏み入れたハンガリーに気づいたのは三人の中ではフランスが最初だった。
ハンガリーを目にとめて、ふわりと笑う。
その言葉が。

悔しかった。












「――――…っ貴方が、私の欲しかったものを持ってたから…!」
「うん」
「成長したのに、私は弱くなったわ…!前の方が力もあったし、あいつだって」
「うん」



「もう、本気で喧嘩してくれない」




両手でも間に合わないほどに流れてくる涙をそれでもハンガリーは拭い続ける。
そうやって何かしらでも動いていないともっとみっともなく泣き出してしまいそうだったからだ。
何も考えずに泣き喚くことが出来る女であればもっと楽だったのかも知れない。

けれど今更そんなこと出来るわけもなくて、けどこの思い切り叫びたい衝動にも耐えることが出来ずにハンガリーはただ涙をいっぱいに零す。
フランスの目の前で泣きたくなんてなかったけれどどうしても止まらない。



「ハンガリー。ねぇ、でも俺はね?」
女の子になりたかったよと。



そういったフランスにハンガリーは顔を上げる。
フランスは変わらぬ笑みを浮かべながらハンガリーにと新しいハンカチを差し出した。
きっとみっともない顔をしているだろう。
けれど耳にした言葉の方が気になって、ハンガリーは音もなくなんでと呟いた。



「昔から可愛いのも綺麗なのも大好きで。リボンにレースにふわふわしたもの、すごく欲しかった」
「……持ってた、じゃない…」
「そうなんだよ。昔は持ってた。お兄さん自分の容姿も自慢で、それこそ美少女だったろう?周りも当たり前のようにそういうのくれて、それが当然だと思ってた」



ひく、としゃくりあげるハンガリーにフランスは尚も続ける。
そういえば彼の持つ珈琲の入ったカップは先程から全く量が減っていない。
湯気が立ち上らなくなってから、どれくらいになるのか。




「でも成長するにつれて俺の美貌も、美しいとはいえ男のそれになってねぇ…。声が変わったときはショックだったなぁ…」
「―――……」
「周りも男らしくしろ、とかいうしさ。男のお洒落も楽しいけどね。でも俺はやっぱり女の子の方が華やかで好き」



冗談めかしてはいるが、本気だ。
フランスはそれでも穏やかな笑みをたたえつつ、すっかり冷え切った珈琲に今更になるミルクを加えた。
ぐるぐるとスプーンでかき回しても、なかなかうまく混ざらない。



「だから。ハンガリーが羨ましいよ、俺は」
そんなに可愛くて、綺麗になって。






その優しい声と、微笑みにハンガリーは三度涙腺を崩壊させることとなった。
互いに望んだものとは違う風になった。
開いた花の色は真逆で、互いが互いで羨ましいだなんてなんて喜劇。

勝手に憧れて勝手に目指して。
勝手に、羨ましいと願った彼は。


自分のことが羨ましいだなんて、そんな。









「ハンガリーはプロイセンのことが好きだったんだね」
「――…っそうよ!大好きだったわ!」
貴方の目の前で恥も外聞もなく泣いてしまうくらいには、好きだった。

でももう女になってしまったハンガリーは今までのように彼を好きでいられない。
きっとそれが一番悔しかったのだと、目の前の男は当に気づいていた。



「過去形?」
「過去形、よ」
「そっか。お兄さんは現在進行形で好きだけどねぇ」



過去形で聞いてきたのはフランスだ。
結局彼は全てお見通しなのだと思うと、それがまた悔しくてハンガリーの瞳からはぽろりと涙が零れていった。



男だからこそ彼が好きだったのだ。
対等な立場でいることの出来る、彼が。
けれど友人として好きだったか、と言われるとまた違う。
考えたことなどなかったがきっと彼と親密な関係になろうとハンガリーは厭わなかっただろう。
それはそうなったとしても男である限り関係性の大きな変化はないからだ。

守ることも守られることも対等。
なればこそ、彼が好きだったと言えよう。

あの、変に律儀なところがある彼には。
女である自分はきっと、守る対象でしかない。


それがたまらなく嫌で。
むしろ、ハンガリーは彼を。あの子を。




「……頑張ったね」
「何を、よ」
「本当に女性らしくなったよハンガリーは。それだけ努力したんだろう?」
お別れ、するために。




男の自分と。
ただ彼を好きだった自分と、お別れするために。





「失恋は、いっぱい泣いていいんだよ」
失恋したから泣きたかったのだとわかったのは不覚にもその言葉を聞いてからだった。











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後半ぐだぐだ過ぎてすいませんorz
ハンガリーさんの初恋はプロイセンだと信じて疑いません。
三巻読んで心底思ったんだ。
あれは確実に好きだったと思う…!

で、きちんと女性になったハンガリーさんは並々ならぬ苦労があったと思うんです。
その辺の葛藤をフランス兄ちゃんにぶつけてみた。
可憐な美少女から精悍な男性にと変身を遂げたフランス兄ちゃんが一番ハンガリーさんの気持ちを汲むことが出来るんじゃないかなーと。
愛の伝道師だしね。女性心も一番フランス兄さんがわかってると思う。

なんだかその結果フランス兄ちゃんがお姉になりたかったのかな感じになってしまって申し訳ない。
ちょっと女の子を神聖視してる気配はあると思いますが。
ジャンヌしかり。マリア(←)しかり。

ハンガリーさんはマリアな頃の普を知っててもおかしくないと思いますのでそこから始まってても面白いよなーと思いました。
それをきちんと文章内にいれられればよかったのですが。
しかし本当に泣きじゃくりまくってるガリさんですいません。
男前な彼女が好きですが、そこに至るまでには色々あったんだよねということでご容赦願います。
ガリプロ萌える…。女性のままでガリプロってのもいいと思います!(男性版はいわずもがなで好物)
10/06/14





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