「アメリカからパーティの招待状が届いたアルが…行くあるか?」
「行きません」


行けません。
咳き込む香港に、中国は淡々とそれもそうあるねと返した。










再読、滔々、薄紅











「―――…けほっ、」

今日も香港の調子は良くなかった。
中国の一部に戻ってから十年、中国の発展と共に歩んできた香港は思わぬ弊害に悩まされている。

スモッグが、かかることが多くなった。
香港の視界は霞み、痛む肺に最近では寝込むことがしばしばだ。



この間行われた返還十周年の祝祭ではそれなりの笑顔も作っていたが、終わった途端香港はベッドと友達になっている。
中国は前々から来ていた招待状を掲げ、己の一部である香港に声を掛けたが香港はゆるゆると首を横に振った。


中国は香港の様子を見て、頷いた。
慢性的に調子が悪いのを、祝祭のために無理をしたせいか今は発熱もしている。
中国もどこかしら悪くしているのだが、香港とはそれこそ年期が違った。
元より、元気があってもアメリカ主催のパーティ…7月4日に行くとは到底思えない。
ただやはり中国の一部であるからして、声を掛けるだけ掛けたが返答は予

想通りだった。
ひゅーひゅーと苦しそうな呼吸を繰り返す香港を置いて、中国はアメリカへと渡っていくことにする。



プレゼントは何が良いだろう。
そんなことを考えながら部屋を後にする中国の背を、香港はあまり見えない瞳で見送った。














今頃、かの国でパーティが始まった頃だろうか。
香港は、ふっと目が覚めて時計を確認する。
今日は日本から、香港で人気なアーティスト達が訪れていた。
住民の熱気や明るさに、香港自身も影響を受け体力が戻ったのだろう。
まだ少し熱っぽいが、体は随分と楽になっていた。
起き上がることは流石に辛いが、この分なら明日からまた仕事に戻れるだろう。
香港は熱くさい毛布に潜り込みながら、長く息を吐く。




中国の元に還ってから十年。
もう、十年になる。

あれだけ厭うた離別に、けれどこうして今も香港は続いている。
寂しさや、悲しさでどうにかなってしまう自分たちではない。
それでもやはりあのときの自分には彼が絶対であって、彼がいない日々など考えられなかった。




考えられなかっただけで、訪れる現実を香港は受け入れざるを得なかったが。




「―――…同じ、だ…」

けほ、と掠れた声で呟いて、香港は毛布の中で笑った。
あの人から離れていったのは彼であり、自分から離れていったのはあの人であるが離れたという事実は同じだった。


独立を望むこともなく、ただ傍にいられればと思っていた。
けれど独立をしていれば。
国として認められていれば、香港から彼に近づいていく道が出来たのではないか。
中国に返還ではなく、一つの国として。
けれどその道はやはり一度彼から離れざるを得なくて、どっちみち離れな

ければ行けない事実は変わらなかった。


何を思い上がっているのだろう。
あの、今は世界の頂点に立つ国と香港では比べようがない。




香港は自嘲的な笑みを浮かべながらシーツを濡らした。
こんな事を考えてしまうのは熱が上がってきた証拠だろうか。
それとも、この間あったばかりの祝祭に当てられてしまったのだろうか。

どちらでもどうでもよくて、香港はぐずぐずと鼻を啜り上げた。
早く調子を良くして、あの慌ただしい毎日に戻らなければならない。


時間があるからこんな思いに駆られてしまうんだ、と香港はくらくらする

意識の中で思う。
ああ、熱がまた出てきてしまった。
なんだかんだで面倒見のいい中国は今ここにはいない。
自分でどうにかするしかなくて、それすら満足に出来ない自分を、それは

確かにあの人とて見限るだろう。




鮮明に蘇る十年前のあの日に、香港が閉じた目を熱くしたときだった。
ひやりとした感覚が、瞼を覆う。

熱っぽい体に、腫れぼったくなった目はその冷たさを享受した。
心地よさに、感覚がそれを追い求め思考は二の次で。




ふわふわした意識がはっきりしたのは、耳に久しいその声を聞いてからだった。







「まだ泣いてんのかよお前」
そりゃ、こんだけ雨が降るよなぁ。


呆れたような、笑いの混じった声に香港はぱちりと目を開ける。
目の前は暗くそれが誰かの手による物だと理解した瞬間にその手は外された。


視界は、悪い。
頬を濡らす雫だけでなく、香港の視力はこの十年でぐっと落ちた。
ぼやけた視界の中で、それでも見間違えるはずのない柔らかな日だまりと緑の森。



香港は夢でなかろうかと自分の頬をつねって、痛くなくてやはり夢なのかと思う。







「―――…な、んで…?」
「お言葉だな。つーか、お前なにやってんだよ」
「なんで貴方がここに…?夢、ですか?」


笑いながら香港がつねった頬を優しくさする手は、あの日抱きしめてくれた腕と同じで。
香港はまだ信じることが出来ずにぱちぱちと瞬きを繰り返す。





「夢じゃねぇよ。ったく、そんなに悪ぃのかよ体」
「だって、イギリスさんだ」
「おう。そうだが、なんだよ」
「イギリスさんが、私の前にいる。今日は、大事な日なのに、イギリスさん。イギリスさんが、私の前に」




イギリスだ。
声にしても彼の形は消えず、香港は何度もその名を呼んだ。
ぼろぼろと勝手に目から溢れ零れていく水が彼の手を濡らしたが、そんなことは構っていられなかった。

イギリスが、いる。




「――…確かに特別な日かもな」
「なら、なんで」
「だからついでだ。アイツんとこはもう行ってきた。で、お前のとこの夜景でも見ていくかと思ったらすげぇ雨だし霧かかってるし……。お前少し、泣きすぎだぞ?」




ついでなんて、そんな下手な言い訳はイギリスらしくない。
外交の手腕が世界トップクラスのイギリスの言い訳にしてはあまりに稚拙で、やはり夢かと思う。





夢でも、よかった。
こうして、イギリスが自分のことを忘れずに、気に掛けてくれる事実だけで、嬉しかった。




返還十年。
もしかしたら見られるんではないかと思ったイギリスの姿は、当然になかった。
甘い夢は、終わりにしなければならないのだと、思っていたのに。








「―――…泣くなって、十年前も言った気がするんだが…」
「だっ……、イギっ……いる、」
「泣くかしゃべるかどっちかにしろよ…」

ぽんぽんと頭をたたいて、髪を梳く。
その動作が優しくて、嬉しくて余計に涙は止まらない。






イギリスだって、今は大変なときなのに。
それでも下手な言い訳と共に、香港の元に訪れてくれたイギリスに、ただただ泣いた。

疲れた表情を隠し切れないほど、イギリスも焦躁している。
香港の元に立ち寄るくらいなら、一刻も早く本国へと戻らなければならないだろうに。



けれどイギリスは笑みを作って香港を見舞いに来た。
これが、イギリスなのだ。

確かに世界を支配していたイギリスの、強さなのだ。







十年間で、香港は何もわかっていなかった。
知っていたのに、気づこうとしなかった。





「………っ、ひぅっ…」
「あーもう寝ろよお前、寝とけ。お前がそんなじゃ、住民たちが不安になるだろ」



また香港の目元に手を翳し、半ば強制的に目を閉じさせた。
イギリスの冷たい手が熱を持った顔に心地よい。
香港が好きな、イギリスの落ち着いた声が静かに浸透していく。

イギリスが見られなくなるのは嫌だったが、昔からこの声に逆らえたことはない。




疲れた体も精神も、休息を求めて目を閉じれば自然意識は落ちていく。
それでも香港の最後の部分が必死にイギリスの感覚を求めようと、夢と現の間を行き来していた。



とろとろとしたまどろみの中、不意に髪を一房掬われる。
そっと、髪に口付けられながら密やかに紡がれる言葉。




その言葉に、また涙がこぼれ落ちた。











「――…ごめん、な」


イギリスがそんなことする必要はないのに。
思うだけで意識はどんどんと落ちていく。

涙を拭うイギリスの指に、誓う。
この日に、誓う。






これで、最後にするから。
彼のように、貴方に胸を張れる自分であるように、ありたいから。







今日も香港を包み込むスモッグは。
今だけは甘いミルクのように、優しい夢をもたらした。










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香港話その3。
これがメリカ祝作品二つめ…だったりする。(ちょこっと絡んでるだけじゃねぇか!)
本当は中国とアメリカの会話があって、それをいれれば少しはそれらしく…?(ごふごふ)

返還から十年。
イギリスも今現在大変な状況なようですが、イギリスという国はそれでも皆日常を送っているのがすごいと思います。
全然普段と変わらないんだよね…。

ちょっとまた微妙なネタも絡みつつ、中国サイドのお話も時間出来たら加えたいです。
ちゃんとメリカ祝いっぽくするために…!(いました方が)

07/07/08






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