夏が近づくと思い出す。




彼と過ごした、夢のような、一夜。








夏の夜の夢















きらきらと周りを飛び交う光。
くすくすと耳元で笑い声が聞こえたかと思うと、足下でドワーフが挨拶を する。


反射的に挨拶を返せば、彼(で、いいだろう)は満足そうに手を振ってま た歩き出す。




ここはどこだ。
自らの置かれた状況に目眩を覚えながら、目の前を歩く小さな背中を追う 。
この暗い森の中で(いや、あんま暗くないんだけど)彼に置いていかれた ら無事に戻る自信はない。



「ちょっ…、おいてくなよっ」
「はぐれたって平気だ。ここのみんなは俺のことを知ってるから、聞けば いい。すぐに案内してくれる」





ここは子どもの場所であり、日常的にこの森にいる彼はすいすいと木々の 間を行く。
子どもの持つカンテラが残像を作り星があたりに散った。




途端子どもの背中が薄く遠くなった気がして慌てて腕を伸ばす。
遠いと思った距離は真逆で腕を伸ばしきらない内に、子どもの華奢な肩を つかんだ。

後ろからの不意の攻撃に大きく子どもの身体が揺れる。


周りの光や木々の間からきゃあという小さな悲鳴が聞こえた。
ぐらりとバランスを崩した子どもの身体を素早く持ち上げて、腕にと抱え 上げる。
ただでさえまんまるい目をさらにまあるくした子どもと視線を合わせて、 フランスはそこでようやく息をついた。




「おいてくなって、イギリス」
「い、いきなりなにするんだっ!」
「だってお前紛れて見えなくなりそうなんだよ。ちっこいし」
「ちっこいって言うな!お前がでかいんだっ!」


急に抱え上げられたイギリスはフランスの腕の中で顔を真っ赤にしている 。
どうにかして腕から逃れようとしているが体格差は歴然だ。
片手にカンテラを持った状態では動きも制限されて逃れることはまず無理 だろう。



「まだ俺も小さい方だよ、お前よりは確かに大きいけどな。まだまだ大き くなるぞ」
「うるさいな、はなせよっ、」
「やだよ。どっか行きそうだし、それに誘ったのはお前だろ?すっげぇ嬉 しかったのに、ひとりでいくなって。いいもの、みせてくれるんだろ」



フランスが苦笑を浮かべながらそう言えば、イギリスは顔をさらに赤くし

てマフラーだかリボンだかの布に顔を埋める。
こくんと小さく頷く様子は可愛らしくて、フランスはふわふわ揺れる髪の 毛をなでてやった。
フランスの腕の中に収まったイギリスを確認して、フランスは空を仰ぐ。




木々の間からのぞく空は、まだうっすらと明るい気がした。
そして輝きを増す星の光と、そうでない光。

螺旋を描く光がちかちかとフランスの元に降ってくるのに、自然笑みが浮 かぶ。






「お前は、いつもこんな世界みてたんだなー…」
「……悪いかよ」
「悪くねぇって。いい世界じゃねぇか、綺麗で、可愛くて、優しい」







フランスの鼻の先を、妖精が羽で掠めていった。
思わずくしゃみをするフランスに、小さな美女は妖艶な笑みを浮かべてま た空にと昇っていく。

シャラン、と鈴の音が響くのに合わせて歌声が響き始めた。






「最初はどこにまぎれこんだのかと思ったけどなぁ…。この木、見覚え有 るわ」
「いつもと変わらない森だと言っただろう。ただ今日は、夏至だからな」
「……夏至?」
「夏至の夜は、妖精たちがみんな地上に出てくるんだ。陽気になってるか ら人見知りしないし、誰でも会うことが出来る」

フランスがほぅっと息をついて木を眺めれば、イギリスがカンテラを掲げ た。
ちらちらと燃える炎の中で、踊っている人がみえる。




「そっか、」
「……つまらないか?」

フランスが感嘆しながら掲げられた炎を見ていれば、イギリスが小さく問 うてきた。
その音に不安が込められているのに気づいたフランスは、眉を下げながら イギリスの頭を思い切り撫で回す。




「すげー楽しいよ。いいこと教えてくれて、ありがとな」
「……別にっ、お前の持ってくる菓子が美味しいから、妖精にも食べて欲 しかっただけだからな!」




フランスの心からのお礼に、イギリスは心と反対のことを言う。
赤くした顔と、言葉とは裏腹に嬉しそうな音が含まれていれば、可愛いこ とこの上ない。
素直じゃない子どもに、返事をしながらフランスは思い出す。

今日、この森に誘われたのはそんな理由なのだ。
この様子であればフランスを誘う理由を必死で考えてくれたのだろう。

来て欲しい、と言われれば断る理由なんてないのだが(たまに笑顔を見せ てくれるようになった現在は、むしろ一緒にいる理由が出来て嬉しいのだ が)、どうも兄たちにないがしろにされている子どもは人に対して臆病だ 。



あくまでついでと言わんばかりであっても、この目の前の状況にはそんな ことは些細なことで。

妖精達がワルツを踊り、エルフが髪に花を散らしていく。
ドワーフが円を描いていればその中で宝石が舞っている。



妖精、が彼の友達であることは知っていた。
けれどフランスにはうすぼんやりとした光が時折イギリスに纏っているの が見えるだけで。
こんな風に、姿形がしっかりみられるのは初めてのことだった。
見えない何かと囁きあっているイギリス(またそれの嬉しそうなことか! )に不安を覚えたこともある。





けれどこの夜を目の前にして、そんなことは全部吹き飛んでしまった。
それほどまでに、魅惑的な夜だった。







「フランス、こっち、右だ」
「……どこいくんだ?この辺、俺見たことないぞ」
「たまにくるぐらいで、森の全部がわかるわけないだろ。それにここは夏 至だからこれるんだ。普段は俺だって来ない」


イギリスを抱えたまま、彼の言うとおりに森を行く。
妖精達の挨拶や、ちょっかいを交えていれば月がいつの間にか真上へと来 ている。
それが木々の間を縫ってカンテラに注いでいた。




「……なんかそのカンテラ、星でてないか」
「カンテラなんだ。当たり前だろう?」

イギリスが、さも当然と言っているのにフランスはそれ以上の追求はしな いことにする。



イギリスが見ているものはフランスには眩しい。
こうして、今日は彼の見ている世界を知った。
自分とは違う世界だと言うことを、知った。



まだ国として幼いイギリス。
彼の信じる物は、この中にあり、まだこの中だけだ。
彼の歩く道はこれから長いのか、短いのか。
狭いのか広いのかわからない。



けれどわかることは、彼の持つこの世界はきっとごく少数のものしか持て ない世界だろうこと。
流れゆく世界の中、いつ変わってしまうかわからない世界。



この世界を知るイギリスの隣に、自分はずっといられるのだろうか。
カンテラの光の先を一心に見つめるイギリスを見やって、フランスはざわ りと心をゆらした。




きっかけは小さな種。
むしろそれが種なのかどうかすらわからず、花が咲くのか実がなるのか。
わかる人はだれもいない。




けれど大輪の花が咲いたら。
きっと嬉しいだろう。




それが散ることは、悲しいだろう。






この世界を持つ彼を守りたい、なんて。
それは隣国である自分が思うにはおかしいかもしれない。
隣国だからこそ思うのかもしれない。



行く先は誰にもわからないけれど。
この腕の小さな温もりを離したくないことだけは、フランスの真実だった 。














いつの間にか、妖精の歌声が遠くなっていた。














「………って!なんだこのばかでかい白い花っ!花だよな!?」
「花に見えなかったらお前の目はずいぶんおかしいぞ」
「常識に考えろ!こんなでかい花がなんで森のど真ん中で鎮座してるんだ よ!?」

いつの間にか、イギリスの道案内は終わっていたらしい。
ここだ、と小さく呟いたイギリスの声にフランスは我に返る。
なにか大きな気配を感じて顔を上げたフランスの目の前に、巨大な白い花 。(の、つぼみ)

フランスの数十倍はあろうかというそれに、思わず後ずさる。
イギリスはそんなフランスの腕からぴょこっと飛び降りると花の前にまで

その足を進めた。

ぱくっと頭から食べられてしまうんではなかろうか。

そんな不安が過ぎったフランスは、慌ててイギリスを追う。
イギリスは、蕾の先に一生懸命にその小さな手のひらを差しだしていた。



「イギリス!」
「今日は一番日が長い日だ。陽光をいっぱいに浴びて、最後に月明かりを

浴びれば完成する。一年間、みんなずっと待ってた」



イギリスのカンテラの光が蕾に吸い込まれた。
かと思うと、カンテラは姿を変え杯の形になる。
そしてゆっくりと開き始める白い蕾。



フランスは、目の前で起こっていることは夢でなかろうかと。
真剣に思った。
確かに見て、触って、感じているけれど。
夢にしては鮮明すぎるけれど。
夢だと言われる方がよっぽど納得できる、光景だった。






ああ、でも―――…。
イギリスのこんな姿が見られるなら、何度見たって良い夢だと。




光に包まれ、淡く微笑むイギリスを見ながら、フランスも笑った。










「綺麗、だったろ」
「―――…ああ、」
「これで終わりじゃないぞ、ほら、お前の分もわけてくれた」

フランスがぼうっとしている間に全ては終わったらしい。
いつの間にかイギリスがフランスの足下にまできて、杯を差しだしていた 。
中には琥珀色の透き通った液体。

芳醇な香りが、鼻をくすぐってフランスは誘われるままに杯に口を付けた 。




得も言われぬ味が、渇いた喉をどこまでも潤していく。







「甘露、だ」






イギリスが、フランスの反応に満足そうに笑った。






「俺だって、俺の国だってお前に負けないくらいに美味しい物があるんだ ぞ」





そう言って笑う幼子に。
フランスは、両手を挙げて降参したのだった。











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夏至にちなんだ小説でした。
あり得ないほど仲良しにしたかもしれませんがそこはそれ妖精マージック☆(すごく痛いです)
若ランスに懐き始めたころの仔英ということでひとつ。

こんな甘い感じなのはもしかして初めてかと思いつつ。
それでもちょっとほの暗い…!
もう少し甘甘なのも書いてみたいですね!現在で。
しかしとってもメルヘンです(笑)

07/06/22(夏至でした)





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