その先に何があるというの。










とけていく向日葵











「ね、リトアニア。キスしようか?」
「は、い―――?」


それは突然のことだった。
リトアニアは昼食の後片付けをしているところで、アメリカはデザートを楽し んでいたはずだった。
かちゃかちゃと、食器を泡だらけにして水で注ぐ。
それだけの行為だけれど、リトアニアには新鮮で仕方ない。

なにしろロシアにいるときは水は貴重な物で。
その上使うとしても極寒なのだ。
こうして、手を流れていく水の音がちゃぷちゃぷと耳に心地よかった。



エストニアやラトビアは今頃何をされているんだろう。
どうしているんだろう、ではなく受け身に考えてしまうところにリトアニアは 苦笑した。
此処の生活は本当に楽しい。
確かにアメリカは常識と外れたところがあるが、そんなものはポーランドやロ シアに比べれば可愛い物だ。

それなりの年を重ねているリトアニアにしてみれば、まだまだ若いんだなぁと 微笑ましくすら思えてしまう。
出稼ぎに来ている自分が思うようなことではないかもしれないが、それが率直 な意見だった。



陽射しは温かで、外では洗濯物が風に揺らいでいる。
これが平和って言うものなんだろうなぁ、とリトアニアが鼻唄交じりに食器を 片付け終えるときだった。




それこそ、デザートのおかわり。
とでも言うような気軽さでアメリカの顔が眼前にあった。



肩に手を置かれ、そのままぐいっと体を引かれる。
あ、眼鏡がない。






そんなことを思えば、唇に感じたやわい体温。
キスをされている。

キスしようかって、僕の意志はどうでもいいんだなぁとか。
まだ手が泡だらけなんだけどなぁ、とか。
――…確かこれからお客様が来るんだよなぁ、とか。






開いた窓から入る心地よい風と、陽光に包まれながらリトアニアはそんなこと をぼんやり考えていた。
きっと、現実逃避していたのだろう。
そうわかるぐらいに現状を把握したのは、カタ、と小さくした物音からだった 。





「―――――…っ!」
「―――――……、」





リトアニアの視界にはいる、淡い金髪。
僅かに見開いた緑の瞳は、すぐに細められる。
小さくため息を吐いたかと思うと、彼は片手を振って黙ってその場を去った。
リトアニアをアメリカに紹介してくれた、その人。


彼を呼び止めたかったリトアニアの努力は、けれどアメリカの咥内にすべて消 えてしまう。







巫山戯るな。








リトアニアの中で、何かが切れた。
どうして思いつかなかったのだろうと自身に苛立ちながら、そこで初めてリト アニアはアメリカの体を押し返した。
途端、彼のシャツが泡で濡れる。
そうか、泡だらけだったから遠慮していたんだ。

そんな律儀な自分に自嘲しつつ、リトアニアは口をごしごしと拭う。





「……酷いなぁリトアニア。そこまでされると、流石に傷つくんだけど、」
「酷いのは誰です。傷ついているのは誰ですか?」






アメリカはあっさりとリトアニアから離れ両手をあげて降参のポーズを作る。
その大仰な動作さえ今のリトアニアには腹立だしかった。
鋭い視線でアメリカを見据えれば、彼は苦笑しながら眼鏡に手をかける。

底抜けに明るい笑顔。
けれどその目が決して笑っていないことに、リトアニアは僅かに身を引いた。







「リトアニアは、好きな人いる?」
「―――…いますよ」
「それは俺?」
「違います」







アメリカのことは嫌いではない。
むしろ好きだ。
彼は正義感が強く、明るい人物だ。

先ほどまでは、そう思っていた。
けれど違う。






生まれたのは今居る国の中でも相当若い部類にはいる。
しかし今や彼は世界のトップクラスだ。
それだけの急成長が出来る輩が、ただ明るいだけなんてあるはずもない。


リトアニアが気づいた物音に、アメリカが気づかないわけがなかった。
今日は彼が来る予定だと。
来る予定だから。











ああ、なんて。










「アメリカさん、そのやり方はいけません」
「……………………」
「そんなやり方じゃ、貴方の気持ちは彼に伝わらない」










二人の間を一陣の風が通り抜けた。
さらさらとリトアニアの髪を揺らして、アメリカの髪も揺らす。
静かな時間が二人の間に流れた。

いつまでこうしてればいいんだろう。
シンクを背にリトアニアはじっとアメリカを見つめていた。

空色の明るい瞳。
なんだか無性に彼に会いたくなる。










にこりと笑ったアメリカが口を開きかけたときに、玄関のチャイムが鳴らされ た。
















「フランスも来たみたいだね。もしかして一緒かな」
「――――…あ、」
「もてなしの準備、お願いするよ。天気がいいからテラスがいいな」


すっと玄関の方を見やるアメリカは、リトアニアが見慣れたアメリカだった。
人好きのする笑みでリトアニアに頼むと、彼ら(ら、でいいのだと思う。聞き 慣れた掛け合いが聞こえてくる)出迎えるために玄関へと足を向ける。



リトアニアが、はい、と返事をして同じように笑顔を返したときだった。
アメリカが振り返って、ぼそぼそと何か呟いた。
早口の英語、しかも小さく聞き取りづらいそれをなんとか聞き取ったリトアニ アは、カップを取り出しながら頭の中でそれを繰り返す。




『I do ……、not want… ……I want only to …… him feel ……』




別に、伝えたいわけじゃないんだよ。

「――――…馬鹿じゃ、ないですか」






ぱたぱたとカップに水が落ちる。
手はきちんと拭いたはずで。
外は良い天気だから、テラスで話し合いをするはずで。

部屋に入ってくるのは心地よい風と陽光ばかりなのに。





なんで、俺が泣かなきゃいけないの。










「貴方は満足かもしれない。けど、」

俺を彼に、刻ませたいだけだから。











駄目になってしまったカップを、水につける。
洗ったとしてもやはり、客人に出すには好ましくないだろう。
新しくカップを出そうとして、リトアニアはふっと息を吐いた。


客。
以前は家族だったという彼に、客用のカップを出す。



今のリトアニアにはそれだけで気が滅入る。
彼らの間に何があったか、知らないわけもない。
国と国。
そう生まれたからには宿命に近くもある。


けれど、あれは違うだろう。
あんな表情を見て、まだ彼はあんなことを言うのだろうか。











「イギリスさんの好きなお茶…、以前持ってきてくれたの、ありますよね」

リトアニアはぐいぐいと目を擦って、気持ちを切り替える。
何だか今日は顔を擦ってばっかりだ。
それもこれもアメリカのせいで、そう思った途端蘇る感触。



「―――…何がヒーローだ」



こっちはちゃんと好きな人がいるというのに。
自分の都合で、俺を巻き込むなと言いたい。

アメリカの家に世話になっている分際で、強くも言えない自分にまた腹が立つ 。

それでも、思う。











「泣くことも諦めさせて、それで貴方に何が残ります?」

彼に、何が残ります。
そう口に出せない自分にまたため息を吐きながら。











リトアニアは、紅茶を注ぐのだった。














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米リト…というか、リト視点の暗い米英?
出稼ぎリトアニアシリーズを見る度に、リトアニアがもう嫁に見えてしまってしかたなくて、イギリスの入る隙なさそだ…と思ったらこんなん書いてしまっ てました。
うちのメリカ病んでるなぁ…。そしてギリスも疲れてる…!
たまにはめちゃくちゃ甘いのも書きたいんですが、(書く予定もありますが)こーいう系統がやはり好きらしい。
リト関係だと地味にリトポーリトが好きです。
この二人素で百合だよね(笑)

07/06/15

反転にて矢印メニュウ。





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