オフライン仕様なので少々読みにくいですがご容赦下さいませ。





頭上に広がるは晴天。
 雲すら見あたらない青い空は、いつも以上に高く思えてプロイセンは目を細めながら空を見やった。
容赦なく照りつける日差しは今のプロイセンには少し辛い。
ドイツやフランス達も色は白いが、おそらくプロイセンは彼らの中でも特に色素が薄い部類に入る。
多分、それだけが原因ではないだろうけれどとプロイセンは額を流れる汗を腕で乱暴に拭った。
途端、ひりついた痛みが肌に走る。
日に焼けてしまっただろうか。そんなに長い間外には出ていないが、今日の日差しはやはり強い。
乾いた土は作業を進める度にほこりを舞い上げたし、乾きすぎて流石に作業がしづらく撒いた水はあっという間に蒸発してしまった。
ざく、とシャベルで土を掬った拍子に埃が目に入りそうになる。
寸でで目は閉じたが違う痛みが目の奥に広がった。
 気づかぬうちに随分と乾いていたらしい。
 じわりと瞳全体に広がる熱さに、今日はそろそろと潮時かとシャベルを離せばふとプロイセンにと影が落ちる。
 次いでひやりと目に触れる手に、プロイセンは楽しそうに口端をあげた。
「よ、ヴェスト。会議終わったのか?」
「ああ。いないからどこに行ったのかと思えばこんなところでなにをしているんだ」
 冷たいドイツの指先を、名残惜しく思いながらも外したプロイセンは立ち上がる。
 途端軽い立ちくらみに襲われて、プロイセンは再度目を瞑ることになった。
 ふらついた体を、ドイツがすぐに腕を取って支える。
 視界がすぅっと端から暗くなったが、それも一瞬のことですぐに目の前のドイツの顔がクリアになった。
 ひどく、不満そうにプロイセンを見やっている。
「……顔が赤い。兄さんは強い日差しが得意じゃないだろう」
「あー、そうか?お前よりはマシだと思うけど」
「俺がどれだけ訓練してると思うんだ。全く、長時間外にいるなら帽子で日差しは避けろと何度…!」
 そっと目元を指でなぞられて、プロイセンは目を細める。
 冷たい指先は心地いいと素直に感じられて、ドイツの説教をプロイセンは黙って受けた。
 長時間、といわれるほど外にいたわけではない。
 けれどそれを言えば余計にドイツを怒らせ、そして心配させることになるだろう。
 ドイツの言うことが最もなことも理由のひとつだ。
 よく鍛錬されたドイツの体は筋肉で覆われている。よって基礎体温が平均より高めだ。
 そんなドイツの手が冷たい、とプロイセンが感じることはまずないと言っていい。


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「君に、私から最初の命令だ」

 血臭を隠すことない、ギラギラした目つきの青年は新しい上司の言葉にわかりやすく眉を上げた。
 格好は正装であるし汚れてもいない。
 所作だって多少荒いところはあるけれど、訓練されたものであったし上司に対してどこか間違っている態度をとっているとは表立っては言えなかった。
 けれど認めてるとは到底思えない激しい拒絶の態度は、青年の雰囲気だけで十分に感じ取れた。
「これはなんですか、フリードリヒ二世」
 それでも、フリードリヒが青年に向かって手を伸ばせば彼は素直にその手を差し出した。
 白い手袋に包まれた手は小さくはないが大きい、とも言い切れなくてフリードリヒは初めて知ったと思いながらもその手の中に小さな皮袋を落とした。
 青年は軽い音を立てて手の中に納まった皮袋をじっと見つめているが開こうとはしない。
 そんな青年に笑みを浮かべながら、フリードリヒは命令を口にした。
「その中身は種だ。花の種なんだが、それを枯らさずに育て上げ開花させること。いいね?」
 プロイセン。
 青年の名を、この国として存在する彼の名を静かに、けれど異論は認めないとばかりに呼べば訝しげな顔をしていた彼は反論をすることなく小さく返事をした。
 決して意に沿うた命令ではないはずだ。
 むしろ、なんでこんなことをと思っていることを隠さないプロイセンにフリードリヒは内心でため息をつく。
 強くあれ。
 プロイセンに対してただそれだけを、しかし貪欲に求めた彼の以前の上司ー…フリードリヒ二世の父親であるフリードリヒ一世。
 その望みに目の前の青年はよく応えていただろう。
 上司に対して逆らうことは許されない。
 従順に父親につき従うその姿を、息子であるフリードリヒ二世も何度となく見ていたものだ。
 時に血まみれになって帰還する彼は、戦場の興奮冷めやらぬ様子で纏う覇気に嫌悪したのは数え切れない。
 だから同じ城で暮らす身ではあったが、なるべくプロイセンとは関わりを持たないようにと過ごして来た。
 力だけを求めた父親に対しての反発も強く、その彼に従順なのもプロイセンをフリードリヒ二世から遠ざけた要因のひとつだろう。
 父親とは違い、他国の文化や美術芸術、そう言ったものを好んだフリードリヒ二世には常に剣や弓を携え、鎧を身に纏ったプロイセンはどうしても相容れられないと思っていた。
 けれどそんなプロイセンを、時に好きになれる空間があった。
 戦いと戦いの狭間。
 僅かに彼に与えられる休息の時間に、彼が上る塔があった。
 国を見渡すことの出来るその高い場所で、窓際に腰掛けながら歌う彼の声。
 静かな旋律は、フリードリヒ二世の胸を突いた。
 プロイセン自身もフリードリヒ二世に距離を置かれていることは気づいていただろう。
 強引に民を兵士にする父に、民たちからは反発も大きく国内は安定しているとは言い難かった。
 反発する輩には容赦なかった父だから、表立って不満が聞こえてきたわけではない。
 けれどこの国であるプロイセンには、口を閉ざしていようと影響が如実に現れる。
 荒い気性は彼本来のものかどうかをフリードリヒはまだ知らないがそれでもあれだけ彼を取り巻く空気が刺々しかったのは間違いなく父が原因だったはずだ。
 そんな彼はフリードリヒ二世とすれ違おうとも最低限の礼しかしてこなかったし、まともな会話などしたことはない。
 父と謁見するフリードリヒ二世にプロイセンから話しかけたこともなかった。

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「じゃあまたあとで、かな。今日も一日執務室に籠もってもらうことになるけど、よろしく頼むよ」
「はい、」
「今のうちに内政を出来るだけ整えておきたい。多分、もう少ししたら遠征も免れなくなるだろうからー…」 
 フリードリヒの言葉は最後まで聞こえなかった。 ざわ、と体の奥が波打ったのがわかる。 
 血が沸き立つような高揚感。 
 抱くのは期待ではないが、恐れでも決してないだろう。 
 けれど全身が叫んでいる。  

 そこだ、と。 
 其処こそが、己の居場所だと。


「プロイセン、」
「なんでしょう、閣下」 
 朝日に照らされ、風に揺れる芽吹いたばかりの幼葉が足下で並んでいる。
 広がっているのは気持ちの良い青空で、プロイセンは目を細めながらフリードリヒを見やった。
 先ほどまでは確かに楽しそうだったフリードリヒの表情が一転して、険しい。
 プロイセンに向かって伸ばされる手を避けるかどうか悩んで、そのまま受け入れる。
頬をゆっくりと撫でるフリードリヒは、どこか辛そうに、笑った。
「君は…、もっと色んな空気を吸って良いんだ」
「……は、い」
 言っている意味が理解できたわけではない。
 それでも頷く以外の動作を選ぶことは出来ずにプロイセンは静かに返事をした。
 フリードリヒの、プロイセンに向ける個人的な言葉はいつも比喩的で明確な言葉が少ない。
 それがプロイセンにとって、フリードリヒを遠い存在にしてしまっている。
 彼の父親であり、先代の上司であるフリードリヒ一世の言葉はとてもわかりやすかったから、尚更だ。
 先代がプロイセンに望んだのは強さ。
 誰にも負けぬ強さを、常勝を掲げられる強さを。
 先代が取った国力の広げ方を肯定は出来ないけれど、そのシンプルな考え方はやはり嫌いではなかったのだ。
 きっと、プロイセンの成り立ちに直結する考え方だからだろう。
 不安定な人工国家。
 そんな言葉を先代は決して聞き逃すことはせずに、容赦なく叩きのめしてきた。
 正しいとは到底言えなくても、プロイセンが口を閉ざしたのはその行為がプロイセンを肯定してくれるのと同意だったからだ。
 決して評判のいい王ではなかった。
 けれど、プロイセンにとっては大事な上司だった。
 
「―――…戻りましょう閣下」
 日差しが強くなってきた。
 すっかり色を変えた空は、一日が動く始める合図だ。
 フリードリヒがいないことに、城内が騒ぎ始めてるかもしれない。
 プロイセンがそう促せば、やはりフリードリヒは少し寂しげな笑みを浮かべて前を歩いた。
 民に向ける笑顔とは、全く違う。
 
「やっぱ、俺のこと嫌いなんだよなぁ……」
 
 正式にプロイセンの上司となってからだ。
 こうしてフリードリヒとプロイセンが話す様になったのは。
 フリードリヒが軍務を任されるようになってからも、それは逆に二人を遠ざけた。
 要人の二人をまとめて赴任させることはまずないし、プロイセンは基本的には先代の隣に位置していたからだ。
 元々プロイセンが城にいないことが多いのも理由のひとつではあるが、城にいてもフリードリヒは極力プロイセンを避けていただろう。
 先代とフリードリヒはひどく反発していた。
 先代に付き従うプロイセンも、フリードリヒには嫌悪の対象だった。
 過去形に、しては駄目かもしれない。

 プロイセンはフリードリヒの後につきながら、知らず長いため息をついていた。


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 銀糸が月に照らされてきらきらと光を零している。
 戦場でのあの激情は嘘のように成りを潜め、けれど赤く光る目だけが彼の興奮を物語っている。
 足元には現れた彼の剣があって、ひとり武器の手入れをしていたのだとフリードリヒが話しかければプロイセンは静かに答えた。
 兵士と話している姿もそう見かけたことはないが、フリードリヒに対する態度とは確実に違う。
 それはフリードリヒが彼の上司だからかも知れないが、どうしても線を引かれているように思えてならない。
 そんなことを胸に抱えながらも、フリードリヒは笑みを浮かべてプロイセンの隣にと立つ。
 手袋が外された手には真新しい血が滲んでいて、手当てをしなければならないのではないかとフリードリヒが口にするよりも先にプロイセンが口を開いた。
「返り血です。私は怪我をしていない」
「―――…なら、構わないが」
 言うが早いが、湖に手を入れて強く擦り始めた。
 眉を寄せたフリードリヒの態度に勘違いをしたのだろうか。
 ただでさえ白い肌は、月明かりの元では青白くプロイセンを彩ってそれが寒々しくみせる。
 あくまでフリードリヒの主観であるが、隣にいるのにプロイセンからは熱を感じ取れなくて慌てて彼の手を取った。
 冷たい。
 冷え切ったプロイセンの手を、フリードリヒは黙って握りこんだ。
 それに今度はプロイセンが慌てるが、外そうとしない意思を見せるフリードリヒの手を振り払うことも出来ず、結果黙って手を握られている。
 困ったような、幼い表情にフリードリヒは思わず小さく吹き出した。
「――…濡れます」
「構わないよ。この手で、君は我が軍に勝利をもたらしたのだからもっと労わってくれ」
 フリードリヒの楽しそうな様子に、更に困惑するプロイセンはぼそりと一言だけ抵抗する。
 けれどそんなプロイセンの手をフリードリヒは尚も強く握って、指で傷跡をそっと撫でた。
 プロイセンの言うとおり、今日の戦いで彼が負傷した様子はない。
 ただ過去の傷跡は少なくなくあった。
 この、白い手でプロイセンはずっと剣の握ってきたのだと、見た目に反し硬い武骨な手をフリードリヒは知る。
「―――…それしか、私が出来ることはないので」
「そんなことはないだろう。君はよく私を補佐してくれている」
「逆です。貴方が私を率いてくれているだけです」
 フリードリヒの言葉に、プロイセンはどこか無感動に淡々と答える。
 冷たい手はフリードリヒの体温が少しずつ移って温かくなってきているのに。
 なんでこんなにも彼の言葉は空虚なのだろうか。
「堂々巡りだな…。まぁ、互いにそう思っているということでよしとしようか?」
「―――――――――……」
 フリードリヒの軽口にも、プロイセンは乗らない。
 昼間の戦場ではあんなにも『動』であった彼は今はこんなにも『静』だ。
 これではやはり正式に決まった帰還の準備にもさしたる感情の動きは期待できないだろう。
 それでも伝えるべきだろうと、フリードリヒは乾いた布をポケットから取り出しながら静かに口を開いた。
「三日後に帰還だ。明日は周辺地域の混乱を収めて、帰還の準備に一日いるだろう」
「―――…決定、ですか?」
「ああ。何事も起きなければね」
 兵士たちにはもう伝えてあるが、喜んでいたよ。
 そう、何気なく続けるフリードリヒはプロイセンの手を丁寧に拭い、そして自分の手もなにもないようにして水気を取った。
 驚いたようなプロイセンの顔に、決定かを問う言葉は覚悟していたが思ったよりもフリードリヒの胸に影を落とす。
 やはり、落ち着かないのだろうか自分の隣は。
 そう思っていたから、続けられたプロイセンの言葉には。
 本当に、驚かされたのだ。

「予定通りに…、早く帰れるといいですね」

 そういって微かに笑ったプロイセンを、フリードリヒは思わず凝視してしまっていた。






水無月浬サイドサンプル小説。





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