オフライン仕様なので少々読みにくいですがご容赦下さいませ。







修学旅行は欧州。流石私立の学園といったところであろうか。
東の島国にあるひとつの学園に通うギルベルトは入学当初そう思ったものだった。
元々ドイツに住んでいたギルベルトは、養父の仕事の都合で高校生活だけこの日本という国で学校に通うことになった。
カリキュラムの違いもあるし慣れ親しんだ国から離れることも負担になるだろうと、養父はギルベルトにドイツに残る選択も与えてくれたがあいにくギルベルトにとっては養父と離れる方が問題だった。
三年、もしくはそれ以上になるかも知れないと言っていたが環境の違いなどさして問題ではない。
グローバル社会と言われている今、他国への造詣は深くてプラスになることはあれどマイナスになることはないだろう。
それに幸いだったのはギルベルトにとって言語の勉強がさほど苦ではなかったことだ。
元々養父の仕事が外資系ということもあって、跡を継ぐことを真剣に考えているギルベルトはすでに何カ国語を使うことが出来る。
成績には好き嫌いが正直に出るギルベルトだったが、外国語が性に合っていたのも幸いだろう。
ただ話せる外国語の中に日本語は含まれていなかった。
日本語は重要視していた言語だが漢字という壁は大きく、日本の学校に通うことになるなら丁度いい契機だとギルベルトは養父の話を一も二もなく頷いて受け入れた。
養父はそれでも少しでもギルベルトに心地いい環境をと思ってくれたのだろう。
選んでくれた学校はいずれも国際基準を売りとしており、留学生が多数を誇る学校ばかりだった。
その中でギルベルトは現在通う学園を選んだわけだが、その選択は正しかったようでなかなか充実した日々を送っている。
気の合う友人も出来たし(同じくらい相性の悪い人間もいたがそれはまぁどうでもいい)、日本の文化を学ぶことも楽しかった。
そういう風だから一年は瞬く間に過ぎていき、進級試験の際に友人がかなり危ない橋を渡った以外は無事に二年目を迎えることが出来てギルベルトは現在秋に予定されている修学旅行の希望先用紙を前にシャーペンをカチカチと鳴らしている。

「……欧州諸国、ねぇ」
「ギルはレポート書く名所どこにするん?自国は駄目ってなってないしそない悩むことないやろ?」
「いや、日本から欧州って遠いのにまたえらく豪勢だなぁって…」
「一応俺らみたいなのに配慮してくれてるんじゃないの?アジア周辺はそれなりに帰りやすいけど欧州はそうもいかないし。レポートも自国名所オッケーってことは元々知ってること書いて作成も暗黙の了解。里帰り旅行、サービスだと思うけど」

一限目、ミーティング。
簡単な説明と用紙を配った教師は臨時の職員会議に向かっていて、クラスは少しざわつきながら作業を進めている。
ギルベルトの前に位置するアントーニョは後ろを向いてギルベルトの机で用紙に記入を始めた。隣のフランシスもそれに倣ってギルベルトの机で書き始める始末だ。
正直狭い。
フランシスはてめぇの机で書け、と言いたいところだが彼の的を射た言葉になるほどと思ったのでそれは流すことにした。
勿論アジアからの留学生とて頻繁に帰れるわけでないが費用と日数を考えるとギルベルト達は一年に一度、帰れればいいというレベルの話になる。
勿論この学園に通うにあたって金銭に関して余裕がないわけではないが、アントーニョもフランシスも学費以外は社会勉強の意味も兼ねて自分で稼ぐことにしているようだった。
家族からしてみればきっと帰ってきて欲しい思いも強いだろうが、そんな彼らの自立心を支えるべく三年は自由にやらせる約束を交わしているらしい。
流石に帰国費用は援助してもらわないとキツイけどと笑うアントーニョ達はギルベルトから見ても逞しい。
ギルベルトといえば彼らと違い、養父と一緒に日本に来ている。
バイトに興味がないわけではなかったが、バイトを始めてしまうと養父と過ごせる時間が減ってしまう。
フランシスとアントーニョは寮に入っているが、ギルベルトは養父と二人マンション住まいだった。留守がちな養父に代わり家事全般を引き受けているだけでも自国での生活とは違うわけだがやはり外で働くのは訳が違う。
かといって、養父が帰ってきたときに彼を労ることが出来ないのはもっと嫌だった。
いつもギルベルトに心を砕いてくれる養父に、ギルベルトも何かしら感謝の気持ちは表したい。だから養父が少しでも過ごしやすい空間を常に保っておきたいのが現状だ。


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「……何の話だったんだろ」
ギルベルトは門を見やりながらほんの数日前の出来事を思い起こしていた。
翌朝の養父はいつもと一見変わらないように見えたが眼の下には隈がくっきりと刻まれていたし、眼も赤かった。
寝てないだろうことは容易に想像がついて、あの後もかなり長い時間話していたこともうかがい知れた。
もしかしたらギルベルトには電話があったことすら話さないのではないかと思ったが、バイルシュミット家が直接ギルベルトにコンタクトをとることも十分考えられたためそんなことをするぐらいなら話しにくい内容でもフリードリヒは自分から話すであろう。
けれどそれが旅行を間近に控えたその日でないこともわかっていたから、ギルベルトはどこかすっきりしないままにこうして修学旅行に臨むこととなった。
原因不明の頭痛は、精神的なものからなのかもしれない。
そんなに気にすることでもないだろう、と自分で思っているのにどうにも思うようにいかない。
まだ僅かに痛む頭を、フランシスたちが戻ってくるまでにはどうにかしないとと目を閉じたギルベルトはすぐにその目を開かざるを得なくなった。

「兄さん!」

声とともに、足元に生まれた違和感。
犬か何かでも近寄ってきてるのだろうか。その割には飼い主の制止も聞こえることはなく、よく訓練された良い子が多いこの国で珍しいと思えば今度は足にぎゅうっとしがみつく気配がした。
ある意味賢い子かもしれないなぁと思うギルベルトはそれでも目は閉ざしたままだ。
わんわんと泣き声が聞こえる。
ほらやっぱり犬だ。犬に違いない。
けれどこの国にしかもこんな観光名所で野良犬などいるはずがないのだがとつらつらギルベルトが考えていれば泣き声は大きくなった。
「兄さんっ…、いつ帰ってきてたんだ兄さん…!」
誰か飼い主いや保護者いませんか。
面倒事はごめんだと頑なに目を閉ざしているギルベルトだが泣き声は段々と酷くなり足を抱きしめる力は強くなる。
ぐっしょりとズボンが濡れる気配にギルベルトはかっと目を見開いた。

「うるせぇっ!男がそんなわんわん泣くんじゃねぇよ!!」
「っ………!」
はたり、と噛み合った視線。
大きな声を上げたギルベルトに顔を上げた少年はぴたりとその涙を止めた。
その大きな瞳から今にも零れ落ちそうではあるが、それでも堪えているその様子にギルベルトは満足そうに頷いてその頭をぐりぐりと撫でまわす。
さらさらとした金糸は丁寧に切りそろえられているし、少年の着ている服も上品なものだ。
少し古いデザインにも思えたが少年の持つ雰囲気はいかにも良家の坊っちゃんなるものだったため、違和感は感じない。
おそらく観光に来て逸れてしまったのだろう。
ギルベルトは鼻をぐずつかせる少年の顔にハンカチを当ててやりながら、なるべく穏やかな声を出すよう心がけて静かに問うた。
「どうしたんだ、お前。迷子か?誰と一緒にここにきた」
「兄さん…?何を言ってるんだ」
涙にぬれた顔を拭ってやり、赤くなった鼻に優しく触れる。
くすぐったそうにした少年の体をギルベルトは足元から自分の隣にと移動させてやりながら、目線を合わせながら話しかける。
白く丸い頬に、青味の強い紫色の瞳。
まっすぐにギルベルトを見上げてくる少年は、七、八歳といったところだろうか。
年の割には随分としっかりとした口調で話すものだと内心ギルベルトが感心していれば、少年は首をかしげて逆にギルベルトに問うてくる。


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アーサーが楽しそうに笑ったのでギルベルトも笑う。うん、そうだこの友人は自分なんかよりも命の危険があってフランシスの家に避難していたのだとわかっていたが改めて聞くととんでもないなと思う。
嫌なデフォルトだと思いつつもギルベルトはへらりと笑いながら続けた。
「そこで、今の親父が俺を引き取ってくれたわけなんだけど」
「唐突だな」
「あー、父親と元々知り合いで。昔っから可愛がってくれてたんだよなー。うちの子にしたいねぇって昔から言ってた人ではあるんだけど」
バイルシュミット家の不穏な空気感じ取って、実行しちまった。
猫の子引き取るんじゃないんだから、実際はそんなあっさりしたものではないだろう。けれどけろりとそういうギルベルトに、アーサーもそうかとだけ頷いた。
「よかったじゃねぇか。良い人に恵まれてて」
「そうだな」
坂道をのんびりと下りながら二人は石畳に足音を響かせる。
長閑な町はその雰囲気だけで安らぐからいい。ロンドンの中心地も好きだけれどと今頃はロンドンで騒いでいるだろう友人二人を思う。
アントーニョは英語が怪しいし、フランシスは頑なに使おうとはしないけれど流石に郷に入れば郷に従え、を実行しているだろうか。
「で、俺は弟がいるわけなんだが」
「そうなるな」
「赤ん坊の時あったきりでそれ以来接触してねぇし、正直言って他人としか思えないと思うんだよ。俺もだし弟の方も」
けど、もしかしたら今度会いに来るかもしれない。
ギルベルトはそこで足を止めてしまった。
一メートルほど先に行ったところでアーサーは足を止めてギルベルトを振り返る。
彼の表情は逆光になってよく窺えない。
アーサーは、どう、思うだろう。
「お前は、兄貴に会いたいって思うことあるか?」
ギルベルトがアーサーに身の上を話せなどと言う権利はない。
ギルベルトは勝手に自分のことを話したのだ。
少しだけ知っているアーサーの複雑な兄弟関係を、アーサーがどう思っているのか聞きたかったからどうしてそんなことを聞くのかと問う前に聞きたいだけの理由を提示しただけの話だ。
アーサーが持つ金色から日の光が零れていく。
眩しい、と思いながらアーサーの言葉を待てばアーサーは至極あっさりと否との答えを口にした。
「会いたいなんて思わねぇな、むしろなるべく関わりあいを持ちたくない」
「………そう、だよな」
ざり、と石畳と靴が擦れて嫌な音が立つ。
ギルベルトはほとんどわかりきっていただろう彼の答えに何を期待していたのだろうか。すぅっと冷えた頭の上で変わらず空は青く澄みきっていた。
アーサーはため息をついている。
確かに馬鹿な質問をしたと思って、ギルベルトは視界に入った一軒のカフェを指差した。
「面倒な話に付き合わせたから、お茶ぐらい俺が奢るからちょっと休まねぇ?喉も乾いただろ」
「ギルベルト、」
自身でもわかるぐらい、無理な話題転換だとは思うがそうせずにはいられない。多分情けない顔をしているのだろうが、それはまぁ目を瞑ってくれてもいいだろう。
ギルベルトがカフェに入るためにアーサーにと追い付けばアーサーは隣に来たギルベルトの腕を掴んで、静かに名を呼んだ。
見上げてくるアーサーは、最後まで聞け、と少し前にギルベルトが口にした台詞と同じことをギルベルトに言い聞かせる。
「俺は、だ。他の奴らのことまでしらん」
「……………」
「まぁティータイムにするのに異論はねぇよ。注文は全部おれがする、お前は金だけ出しとけ」
それだけ言うとアーサーはすぐにギルベルトの腕を放してカフェにと向かう。
さっさと歩いて可愛らしいドアノブに手をかけたところで、呆気にとられてるギルベルトを振り返った。
「あと、そうだな。ここの茶を奢ることに敬意を示してもうひとつお節介してやる」
カラン、とドアベルが音を立てて扉が開かれると中から歓迎の声が聞こえる。
ギルベルトが慌ててアーサーのもとまで走りよれば、彼はメイドが席を案内するのを待っていた。
思ったよりも中は広い。
重厚な調度品が多いのに、ギルベルトがほぅっと息をつけばアーサーが眼下で少し寂しげに笑っていた。


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