オフライン仕様なので少々読みにくいですがご容赦下さいませ。





気づいたのはいつ頃だったろうか。
あのときの自分は、これでようやく兄と対等の立場になれるということばかりに気がいって周りのことには目がやれていなかった。
他でもない、兄の様子に気づいていなかったとはとんだ茶番だとあの頃の自分を笑ってしまう。
新しい自分の上司はそれまで兄の上司だった。
兄と一緒に幾度となく顔を合わせたことはあるが、二人きりで話をすることはその日が始めてで。
どこか疲れたようなその人は、あまり自分を歓迎していないように思えた。
兄と会うときは違う、余所余所しい空気を読めないほど鈍くはない。それでもこれからは自分の上司であるその人に対してドイツは精一杯務めてきた。
上司という存在はその人の資質がどうあれドイツ達国にとって絶対的な人になる。
イギリスや日本といった国はそれが顕著で、同時にドイツ達とは少し違う。
彼らの上司はその伝統を汲む王族や皇族であり、また国の在り方を方向付ける政治を担当する上司もいて実質的な影響は後者の彼らに受けるのだろうがおそらく本質は前者に影響されると、ドイツは考えている。
ドイツの場合はどうだっただろう。
プロイセンの王だった彼がドイツの皇帝となることで自分たちは影響を受けたのだろうか。
いや、それは正しくないとドイツは真新しい制服を身につけながら瞑目する。
影響を受けたのだとしたら兄だけだ。
元々はっきりとした上司のいなかったドイツが、皇帝を、上司を得ることで国として内外ともに確立した。
兄と対等になったとばかり思っていたけれど兄の上司が自分の上司になったということは兄の上司はいなくなってしまったと同義になるではないか。そんなことにも気づけなかったあの頃の自分をドイツは嘲笑する。
元々兄は成り立ちが他の国よりも特殊な人だった。だからこそ受ける影響が分かりづらかったのかも知れない。
けれどそれは所詮は後付であって。
兄の上司は分かっていた。
だからこそドイツに対して複雑な態度を見せていたのだというのに、なぜ自分はそれに気付けなかったのか。

『―――…本当にこれで満足なのか?プロイセン』

覚えている。
脳裏に焼き付いているその映像。かつて兄の上司だったその人が兄と二人きりで話していたのをドイツは偶然に見た。
それは悲痛な声で、ドイツからは上司の背中しか見えずそれなのにきっと泣きそうな痛そうな表情をしているのだろうと知れた。
なんの話をしているのか。
わからないままにそれでもその風景が鮮明にドイツに残っているのは、兄の表情だった。

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それから車を走らせ続けて一時間もたっただろうか。
ふと耳が拾った音に、ドイツは車を止めるよう命令する。
何事かと問う兵士にこのままここで待ってくれと伝えると後方から付いてきていた軍に合図をする。
歌、だ。
夜空に響く穏やかな旋律は、声量こそ大きなものではないがよく通ってどこまでも伸びていくかのようだった。
懐かしい、歌。
耳慣れたその音は、けれどこの場には不釣り合いなものだ。
地の利はこちらにある場所と言えど、わざわざ敵にその位置を知られるような真似をする輩が軍にいるだなんて思いたくない。
けれどドイツはこの歌声の主を知っているのだろう。
でも彼は唄うということを気まぐれにしかせず、ドイツが請えば簡単に歌ってくれたけれどそうでもなければあまりその歌を披露することがなかった。
だからこんな場所で、誰に請われることもなく唄っているのが彼だとは思えない。思いたくない。

「―――…美しい、ですね」

兵がぽつりと零した言葉にドイツは厳しい視線を向けた。
無駄口でしかないそれに、兵は慌ててドイツに頭を下げる。
ここで時間を取るわけにはいかないが、改めて注意する場が必要だと考えながらドイツは歩を進めた。
進むたびに声が大きくなる。

Schlafe, schlafe, in dem susen Grabe,
―――…眠れ、眠れ 慈愛あつき 

ドイツの誇る有名な作曲家の歌。
幾度となくドイツもその旋律を聞いたことがある。それは他でもない今耳にしているこの音そのものでドイツは手に収めている銃を強く握りしめながら音の方向へと向かっていく。
駄目だ。
この歌は駄目だ。
ドイツは足元を一歩一歩踏みしめながら前へ進む。その度に己に届く歌声に、胸が摘まされるような思いに落ちいる。
これは、懐かしい声。
歌は違うけれどこの穏やかな旋律はいつだってドイツにと向けられていた。
まだ何も知らない幼子だったころ、ドイツは夜中に言いようのない恐怖に怯えて兄を訪れたことが何度もある。

ひとりになってしまう。
ひとりはこわい。
誰も周りにいないんだ。

いるけど誰もドイツに気付いてくれない。
それがどうしようもなく、こわい。

そう言って恥ずかしげもなく泣くドイツを、疲れているだろう兄はいつだって優しく抱きしめてくれたものだった。
大丈夫。
お前は一人じゃないよ。
俺が傍にいるから。
そう何度も囁いては柔らかく髪をなぜ、そして唄った。
とくりとくりと耳に響くプロイセンの鼓動と声。
それはドイツを何よりも安心させて、彼の腕の中ならばもう悪夢は見なかった。


「――――…兄さん!」
ドイツは苦々しげに舌打ちをし、歩を速めた。
そんなものはこの戦場で必要のない記憶であり、守られていたことを思い出しては駄目だ。
引きずられてしまう。
ドイツはもうプロイセンを守れるほどに強くなったのだから、守られていた記憶など今はいらない。
だからこの歌は駄目だ。
今すぐに止めさせないと駄目だ。






話の都合上、戦争に関しての描写が含まれますが
二次創作上での表現以外の他意はございません。





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