君への指先










「そういえばセンセイはさ、なんで医者になったの?」

特務から帰ってきたチルドレンの、怪我の手当をしていた賢木に薫が不意に問う。
賢木は薫の手に包帯を巻きながら他の二人を伺えば、診療用のベッドに腰掛けたままこちらを じっと見ていた。
興味があるらしい。
珍しいことだと思いながら賢木は、そのままを口にする。



「医者になりたかったから?」
「……答えになってねーって、」

首を傾げて答えれば、薫が不満そうに口を尖らせた。
そんな薫の手を軽く叩いて治療の終了を告げる。

それでも部屋を出ようとせずにじっと賢木を見上げてくるチルドレンに、苦笑しながら賢木は 立ち上がった。
ドアへと向かう賢木に、後ろから抗議の声があがる。



「あっ、センセイ逃げるのか!?」
「うちらから逃げられると思うとるん?」
「センセイ、本気を出した私に勝てると思ってるの?」


そんなチルドレンの言葉を意に介さず、賢木はドアを開けると半身を出す。
すかさず葵がテレポートしてくるが、賢木が手にしたプレートを見せれば彼女は納得したよう に頷いた。


「話するのに邪魔入ったら面倒だろ。休診の札下げとかないと」
「看護士さんはいいの?」
「今話してくるよ。一応お前さんたちの怪我の報告入った時点で今日は受け付けないことにな ってたしな、カルテ整理が終わったら帰ってもらう」


後ろ手にドアを閉じながら説明すればチルドレンはおとなしくそれぞれ収まり場所をみつける 。
薫は賢木のデスクテーブルの上、紫穂は変わらず診療用のベッドに腰掛けて、葵は賢木の椅子 を陣取った。


「紅茶何がいい?」
「え?」
「ダージリン、アールグレイにアップルティー…あとハーブティーもあったかな」



三人で一種類決めておけと、三人が一斉に口を開こうとしたところで賢木は指をびしっと差し しめす。
寸前で言葉を止められたチルドレンの、不満そうな視線を背中に受けながら賢木はナースルー ムに繋がるドアに手をかける。
確かもらい物のケーキが冷蔵庫に入っていたはずだ。

軽傷とはいえ怪我までして、大事件を未然に防いだチルドレンにそれぐらい振る舞っても良い だろう。
皆本はまだ報告書の作成が残っているはずだし、賢木の元にいることは知っているから連絡し なくても心配させることもない。

出来れば皆本が遅くなることを願いながら。
賢木はナースルームのドアを開けた。












「センセイこれ美味しいっ!」
「ただのロールケーキやないんやな」
「うん、ちゃんとパティシエのつくったやつね」

最初、賢木が持ってきたケーキを見て三人の顔は不満そうなものになったが、断面を見せてや れば満面の笑みを浮かべた。
卵色のスポンジにミルクたっぷりのクリーム。
その中には色とりどりのフルーツが顔をのぞかせており、ショーケースの中でも十分に目を惹 く存在だろう。

賢木はデスクテーブル近くの柱に寄りかかりながら、同じようにケーキを口にしている。



「お前らいつも頑張ってるからな、もらいもんであれだけど」
「んーん、ありがとうセンセイ!」

チルドレンの心からのお礼に、賢木は少しばかり苦笑し種明かしをする。
それでも薫が嬉しそうに笑っているのに、少し前のチルドレンを知る賢木には皆本の存在の偉 大さを改めて知った。
静かに紅茶(アップルティーだ)を口にしている紫穂が、そんな賢木を視線だけで促している 。


「……しかしなんでお前ら急にそんなこと気にするわけ?」
「だって、普通サイコメトラーなら紫穂見たく警察に協力することが多いじゃん。なんで医者 だったのかなって思ってさー…」
「うちたちこないだまた将来の夢、っていう宿題学校でもろたん。バベルでもらったときは世 界征服てかいたんだけどなー」
「流石に学校ではそういう訳にはいかないでしょ。高超度エスパーで特務に付くわけでもなく て、職業選んでる人って賢木センセイぐらいしかいないのよ」





チルドレンの説明に賢木は納得したように頷いた。
確かにそういう理由ならば賢木が一番手近で参考になるだろう。

特に隠し立てすることでもないが、進んで話す理由もない賢木は三人の期待に満ちた眼差しに ようやく口を開く。





「俺も別に警察に協力してないわけじゃないぞ?」
「知ってるわ。皆本さん、出来るだけ私にそういうの回さないようにしてるもの。私に頼らざ るを得ない事件を解決するには賢木センセイぐらいの人じゃないと無理だし」

賢木の言葉に紫穂があっさりと頷いた。
そういえは警察庁長官は紫穂の父親だ。
何度か顔を合わせる度に警察にそれとなく出向を進められている賢木にとって、彼は不得手に 入る人物だ。

賢木のことを気に入ってくれていることもわかるが、きっと紫穂のことも心配なのだろう。
出来るならば娘にそういう映像を見せたくない気持ちはわかる。
それでも娘の能力を理解し、社会に役立てるよう育ててきた彼は父親としても一人の人間とし ても尊敬に値するだろう。

ただ視野が広く、理解力が存分にある賢木をサイコメトリー以外でもこき使おうという精神は どうにかしてもらいたい。
この娘にしてこの父ありだ、というのはとりあえず紫穂には秘密だ。





「でもセンセイ医者だろ?」
「まぁな」
「私は、今ならセンセイが医者で良かったなってすごく思うけど、けどやっぱり不思議だよ 普通、センセイぐらいの能力者なら夢なんて抱けないだろ」

薫の言葉に、空気がシンとする。
薫は本能的に物事を理解している。
飾らないストレートな物言いに、賢木はひとくち紅茶を飲んでぺろりと唇を舐めた。
話せば単純なこと。

どこから、話せばいいだろうか。



「……単純に言えばサイコメトラーってさ、触れて相手の情報を読みとるわけだろ」
「そうね」
「相手にとって知られたくないことだって知ることが出来るわけだ。まぁ、普通に考えれば嫌 だよな。なるべく触れられたくないのは当然だ」



賢木や紫穂のような高超度エスパーならば直接触れなくてもある程度の情報は得られるし、物 体からも充分色々読みとれるがその辺はいっそう誤解をまねくから自分から話はしない。
感じる空気から拒否されているから近づかないようにはする物の、完全に人と接触しないで生 活することは難しい。
外にいた賢木なら尚のこと。

不意に触れてしまった際に、振り払われる手。
仕方なく触れなければいけないときに、相手の極度に緊張する態度。

自らサイトメトラーだと明かさなくとも、噂がすでに広がっている。
賢木を取り巻く環境はいつだって賢木を拒絶していて、手を伸ばすことが怖くなった。
僅かばかりの例外がいたから、それでも諦めきれなかった。






この手を、必要とされたかった。
冷たくて固い無機質な物以外に触れたかった。

温もりを忘れてしまいたくなかった。
化け物だと言われ続ける中で温もりすら忘れてしまったら本当に化け物になってしまいそうだ ったから。










「医者の手なら、振り払われないかなってちっさいときは思ったんだよ」
「……………………」
「触れるだけで誰かを傷つけるから、せめてそれを治せる存在になればって、まぁ単純な理由 だけど」

あの、手が振り払われるなんとも軽い音が。
今でも耳を突いて離れない。

医者になれば。
誰かを癒せる存在になれば、むしろこの手を必要としてもらえるんじゃないかと。
そんな僅かな期待を抱いていたのだ。

賢木はサイコメトリーと、生体に関するサイコキネシスを持っていたからその選択は間違いで はなかった。
むしろ、能力を最大限に引き出せる最良の選択だっただろう。
生体に関するサイコキネシスは不安定な部分も多かったから、良い訓練にもなっている。
認めてくれる人も出来たし、それなりに居心地の良い場所を見つけられた。

それになにより。
人を救えると言うことが、単純に嬉しい。










「そんなもんじゃねぇの、将来の夢なんて。些細なきっかけで決まる」
「……些細、かぁ?」
「薫ちゃん達なんて可愛い女の子なわけだし、それこそお嫁さんっていう選択もあるだろー。 難しく考えなくていいんだ。自分たちがなりたい物、書けばいい」

静かになってしまった空気を破るように賢木はことさら明るく言い放った。
薫が賢木の言葉に首を傾げていたが、お嫁さん、の一言にぱっと顔を明るくする。



「お嫁さんっ!いいよな純白のウェディングドレスにバージンロードッ。紫穂のおとーさんが むせび泣く姿が想像できるぜー!」
「白無垢もええよな。三三九度でしずしず…」
「友人のスピーチは二人にやってもらわないとね。ふふ、泣かせるスピーチ期待してるわよ? 」



三人で盛り上がる様子を見やりながら、賢木はすっかりぬるくなった紅茶に口を付けた。
紫穂が少しだけ手を握っているのに気づいたが、薫がその手を取って空中にと浮かび上がる。
葵がテレポートで一瞬いなくなったかと思うと、次にはなにやら雑誌を持ってまた現れた。
互いに雑誌のページをめくっては、宙でなにやら合わせている。



「……どっからもってきた、ソレ?」
「ダブルフェイスがこないだ騒いでたん。貸していうたらくれるって言ったし」


容赦なくページを破ってはああでもない、こうでもないとはしゃぐ三人に賢木が問えば葵があ っさりと答えた。
なるほど。
その二人ならばブライダルのカタログを持っていても不思議ではない。

楽しそうな三人は、きっと賢木にも気を遣わせないようにもしているのだろう。
能力者だったからこその理由は、あまり参考にならないしどうしても湿っぽくなってしまう。
彼女たちだからこそ話をしたのだ。
皆本には少し言いづらい、これからも話すことはないだろう志望理由を、皆本が来る前に終え られて良かった。

チルドレン達も、きっとその辺はわかっている。









「あ、先生もう一つだけ、質問」
「なんだ?」
「じゃあなんで、今更バベルなのかしら。ずっと外にいて、その上医師資格を得たんでしょう ?皆本さんの話でも、コメリカの教授達に気に入られて医療チームからいっぱい誘いがあった って言ってたし」

はた、と薫が思い出したかのように賢木に問うのを、紫穂が続けた。
葵も興味深そうに賢木を見やっている。
三人、計六つの目に見下ろされながら賢木は瞬間きょとん、としてから優しく笑った。



それは皆本が大好きと、公言して憚らないチルドレンの三人が。
思わず見とれてしまって、顔を赤くするくらいの笑みで。


静かに、口を開く。







「皆本がいたから」







その柔らかな表情に、思わず飲み込まれてしまうチルドレンが我に返ったのは、ドアをノック する音で。
ノックと同時に開かれるドアから覗いた皆本に、三人揃って手を合わせた。








「「「ごちそうさまでした」」」








「……何かあったのか?」
「なんでもねぇよ」

疑問符を顔いっぱいに浮かべる皆本に。
けれど賢木は笑うだけだった。











-------------------------------------------------------------

賢木先生が医者をやってるわけ、を後発的に考えてみました。
一番は身内がやってて自然に、だったんですがこれもありかなーと。

ちょっと途中まで書いて間を空けてしまったんですが、そうしたらまとまり悪くなってしまっ て申し訳ない。
賢木先生とそれなりにちゃんと仲の良いチルドレンが好きです。
っていうかもう少し優しくしてあげて欲しいナ…!と願いつつ。
皆本が駆け込み的に登場しました。
これで皆賢と言い張ります。書いた本人が言うんだから皆賢なんですってば。(切)

ノベライズで賢木先生をとっても優秀なお医者さんとして語る皆本さんに愛を感じました。
きっとチルドレンにもその辺色々話して惚気てるって、信じてる。(え)


08/06/16





SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送