かわいいひと










「……お前本当に女の子好きだな」
「ん、好きだぜー?」





珍しく(部署は違うが勤務内容が被っている部分が多いので結果重ならない)非番が重なった日、賢木からルアーを買いたいから付き合ってくれと誘いが来た。
確かに女の子を誘うのにはあまり楽しい選択ではないだろう。

皆本もチルドレンが学校に行っている間、のんびり自分の買い物をしてもいいかなと考えていたところだから快諾する。
チルドレンの担当になってからあまり賢木と話す時間がとれなかったこともあり、(多分派遣されていた頃の方がなんだかんだで連絡をとっていた気がする)久しぶりに気の置ける会話を出来るだろうことも楽しみだった。



そしてそれは皆本の思うとおりで。
賢木も皆本も思い思いに買い物をし、互いにアドバイスしながら満足のいく物を買えたと思う。
家計が逼迫しているわけではないが、そう自分の時間が取れるわけではない皆本は服ひとつを買うにしてもなるべく長く持つ物が良い。(けれどそんなことも関係なく駄目になってしまうことも多々あるのだが)
そこに賢木がいるとありがたい。
別に自分の目で見て選ぶのも充分楽しいが、やはり人の目で見た方が参考になるし賢木に掛かればどういう手順で作られたかがすぐにわかる。
工場の大量生産品でも出来が良い物・悪い物の差は大きい。
いいな、と思えるブランドの服にもそれはあって得した気分になりながら皆本は一通りの買い物を終えて賢木と二人、カフェで休憩をしているところだ。




「あとはー…お前は早く家に帰った方がいいんだっけか?」
「そうだな…。薫達が帰ってくれば俺もバベル待機は変わらないし、洗濯物とか取り込んでおかないと。今日はありがとな賢木」
「いんや、誘ったのは俺だしな。久々に会話した、って感じもするし」


そう言って笑みを浮かべる賢木に、皆本も微笑んだ。
チルドレン相手だとどうしても子どもに対する保護者気分だし、バベルでは目上を相手にする場合が多い。
心おきなく、同レベルの会話が出来る人物というのは限られてしまう。
賢木も皆本とは多少違ってもやはり同じような状況なのだろう。

同じ事を思っていたことをなんとなく嬉しく思いながらアイスコーヒーに口を付ければ、ふと賢木の視線が横を向いた。
皆本達の席はカフェの窓側だ。
店の奥、ソファ席の方から何度か視線を向けられていることは皆本も気づいていた。



賢木は良く皆本がもてる、とは言うけれど賢木だって同じぐらいもてている。
そして、こういう場所で視線を感じる場合は大概が賢木が集めているのだ。

皆本は、周りからの評価では容姿に恵まれている、と言われるけど地味であるとしか自分では思っていない。
少し付き合えば性格は真面目であるし、好青年そのものなので人気はあるとしてもある程度の距離にいなければそれは気づけないだろう。
その分向けられる思いは真剣な物が多いし、一度好感を持たれればそれは揺るがない。

賢木も楽しませようとすることには努力を惜しまないし、マメな性格だ。
けれど来る物拒まず、の精神であるしいいなと思えば自分から声をかけるせいで有名な女好きである。
逆に賢木に深く入り込もう、とは思わなくなるから職場では皆本がもてるように見えるだけだ。
それでも嫌がられることはないのだから充分人気はあるだろう。

賢木のバランスの取れた等身に、整った顔立ちは目を引く。
今も皆本達と同じように休憩を楽しんでいる女性客達が、二人をちらちらみては小さく声を上げていた。
皆本が気づいているのだから賢木が気づかないわけはない。

彼の腕につけられているブレスは二つともリミッターであるが、そんなことも関係なく、だ。



賢木の悪い癖が出なければいいと思っていたが、どうやら願いは叶わなかったらしい。
このあと別れることはわかっているのだから、せめてそれまでは友人との会話を優先して欲しいと思っていたが振り向いた先の女の子が好みだったのだろうか。
賢木は、行儀悪く頬杖をついたまま視線を皆本に戻さない。




カラン、とアイスコーヒーの氷が静かに音を立てるのと同時に皆本は深く溜息をつく。
もう返事すら皆本に意識を向いていない。

皆本だって最優先事項に賢木修二がいるかと問われればノーと言うしかない。
今の皆本にはザ・チルドレンがどうしても一番に優先することであり、彼女たちになにかあるならば全力で助けに行く。

今更賢木の女好きをどうこう言う気はないのだけれど。
けれど少しばかり気分が傾くのは仕方ないだろう。





「……賢木、」
「んー…?」
「あまりじろじろ見るんじゃない、失礼だろう」

小さな声で窘める。
けれど視線を取られたままの賢木は気のない返事をするだけで、皆本の声など右から左に聞き流している。
苛、と皆本を襲う衝動に気づいているのかいないのか、賢木は何事かひとりで呟き始めた。
二人でいるのに一人がそんな状態では、皆本が出来ることと言えば賢木の独り言を拾うことぐらいだ。



「……っぱいいよなー…。でもなー…」
「……………」
「皆本いるし…でも皆本だし、」
「………………」
「いいよな、うん。やっぱり欲しいしな…」
「……………………」



皆本も賢木と同じ方向に視線をやった。
四人ほどの女性のグループ。
ひそひそ話をしながらこちらを伺っているのがわかる。
それはそうだろう。
賢木のような男が、凝視しているのだから。

その中の一人の服装が、まぁいわゆる男を煽るだろう服装で。
大きく開いた胸元の首筋から鎖骨のライン。
白く焼けない肌に、黒いストレートの髪が対照的だ。

皆本は得た視覚から的確に判断し処理してしまう自らの脳を少しだけ恨めしく思った。
ぱっと視線を戻せば、賢木は相変わらず視線を余所のまま。
ぺろ、と赤い舌をだして上唇を舐めやった。




「よし決めたっ」
「賢木っ!」



男の皆本から見てもいやに色気のある姿だった。
褐色の肌の下で、しなやかな筋肉が蠢く。
少し色の薄い瞳がすっと細まって、口を開くのに皆本は思わず咎めるように名を呼んだ。
しかし賢木は構わず続ける。


別に構わないんだけど。
もう少しぐらい、と皆本が抗議しようとしたときだった。
立ち止まった店員に賢木がずっと凝視していたグループのテーブルを指して問う。



「すいません、注文したいんですけどあの真っ白いやつって、何が入っているんですか?」
「ああ、あちらは期間限定のホワイトパルフェとなっております。ミルクホイップとバニラアイス、ホワイトチョコチーズのムースで出来ています。外からは見えませんが中にスポンジケーキ、クラッシュしたパイ生地にカスタードプディングが入っております」
「へぇ、うまそー。じゃあそのホワイトパルフェを一つ」
「はい、承りました」


伝票に新しく書き込んで店員は軽く礼をするとそのまま厨房へと消えていく。
賢木は遠くのテーブルに満面の笑みを浮かべながらひらひらと手をふってようやく皆本に向き直った。
甲高い声にはもう振り向かない。



「……なんだよ」
「いや…。そういえばお前、甘い物も大好きだったよな…」
「……好きで悪いかよ」
だいたい「も」ってなんだよ。



皆本がぼうっと賢木を見やりながら、ぽつんと感想を零せば賢木は少し罰が悪そうにそっぽを向いた。
僅かに頬が赤いのはやはり少し恥ずかしいのだろうか。
今時の女の子なら可愛いとでも言って喜びそうだが、改めて指摘されたくはないのだろうか。

そんなどうでもいいことが皆本の頭にぐるぐる回っている。





「いや、そのなんでもないんだ…。ああ、うん、わかったから」
「………へんなやつ、」

皆本は思考がようやく繋がって、とんでもない勘違いをしていたことに乾いた笑いで誤魔化す。
顔を赤くしながら視線を有らぬ方向に彷徨わせているのを訝しげに賢木は見やっていたが、ほどなくしてきたパルフェに意識は向いたようだ。
皆本はほっとしながら、嬉しそうにパルフェを眺める賢木の、くるくるスプーンを回す指を押さえ込む。


「行儀が悪い」
「はいはい、」
「はい、は一回」
「はい」


まるで子どものようなやりとりに思わず吹き出す皆本に、賢木も笑いを零した。
皆本の言葉を受けて馬鹿丁寧に手を合わせたかと思うと、柔らかいクリームをスプーンでめいっぱい掬って口に含む。

その瞬間、本当に幸せそうに柔らかな笑みを賢木が浮かべる物だから、皆本もいやに幸せな気分になった。


「うまいか?」
「うまい、お前も食う?」


パルフェに入っているものをひとつひとつ確かめては口に運ぶ。
一通りのものを口にしたのか、次にバランス良くパルフェの山を崩していく。
クリームとアイスを一緒にのせてたべたり、ムースの下にパイを置いたり。
手先が器用だからか甘い物に対する情熱がそうさせているのか、零すこともなく綺麗に食べていく賢木を皆本はまじまじと見ていた。

バベルのいるどきは、きっと無意識に気を張っているのだろう。
医師という職業柄もあるが、高超度サイコメトラーである賢木は常に神経を巡らせていないと余計な情報を入れてしまうことになる。
リミッターをつけていてもそれはどうしようもない。

どこか固い賢木の姿が、皆本と居るときは少し崩れて。
バベルから離れた今はまるで子どものような姿をみせる賢木に、皆本は笑みが自然浮かんで優しい声で賢木に問うていた。
賢木は、こくんと頷いてすっとスプーンを皆本に向ける。

皆本は手だけでそれを制すと、そのまま賢木に指を伸ばした。
口の横、褐色の頬に白いクリームが少しばかり付着している。


「お前ね、子どもじゃないんだから…」
「……子どもじゃないんで、そういう真似しないで下さい……」



賢木の頬からクリームを親指で優しく拭った皆本は、そのままその指を口に運ぶ。
ミルクの味が存分にするクリームは確かに美味しい。
皆本がひとり納得していれば、賢木が真っ赤になりながら視線を僅かにそらすのに皆本は自らの行動の意味を把握した。


「やっ…!薫とかにやってるから…つい、な!!すまん!!」
「……別にいーけど、よ」



賢木が頬を赤くしたままぱくんとスプーンを口にした。
皆本もアイスコーヒーを口にして気を落ち着かせる。

少しばかり、店内の視線が痛いような気がするのは、きっと気のせいだ。





「あー…、薫達にもなんか、買っていこうかな…」
「喜ぶんじゃね、うん、そうしろよ…」
「じゃあなんかオススメの店、出たら教えてくれ」
「ああ、これ食べ終わったら速攻出るぞ」



ハハハハハと互いにとってつけたような会話を交わす。
順調に崩していたパルフェの山を、賢木は更に素早く食べ尽くしていく。
やはり少々居たたまれないのだろう。
人目を気にしていては生活できないが、今のはまた種類の違う物だ。




「な、賢木。僕の家でお茶し直さないか」
「………二杯目か」
「キツイか?」




折角の時間にもったいないことをしてしまった皆本は、賢木に問う。
まだ少しばかり頬の赤い賢木は、皆本の提案に最後の一口を飲み込んでぽつんと零した。
お茶請けは豆大福な。







その答えに皆本は満足そうに笑って立ち上がる。
伝票を持って先を行く賢木の背中は広く、立派なはずなのに。




ああ彼は、なんてかわいいひと。








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ようやくのんびりした感じの皆賢です。
出来上がってるのか居ないのか微妙なラインですが、お好きな方でどうぞ。

甘い物好きな賢木先生が可愛くて仕方有りません。その上辛い物は苦手ってどんだけギャップあるの…!
女性好みのデザートがある店とか相当念入りに調べてそう(笑)

皆本さんと賢木さんのなんでもない休日。
きっとそれが一番幸せなんだろうなぁ。


08/05/25





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