ひめごと











「好きなのよね」
「好きだよ」





超度7のサイコメトリーを持つ少女が、ふと話しかけてくる。
シャツの裾を触る彼女の手を振り払ったことは一度もない。

そんなことをしなくとも賢木のことを少女は表面しか読み取れないし、無 防備なときにもそれなりのプロテクトをかけてある。
人生経験が長い分、彼女よりも能力の使い方は熟知しているし賢木は複合 能力者だ。
サイコメトリー以外の能力はそこまで高いわけでもないが、組み合わせれ ば充分彼女に対応できる。


それに、賢木はよく知っている。
振り払われるときの、あのなんとも軽い音を。





「センセ、平気なの?」
「それは皆本に言ったらどうだ?紫穂ちゃんは参加してこなくていいのか ?」
「だって、皆本さんああ見えてとっても頑固だもの。それなら先生から情 報収集したほうが得策ってものじゃない?」

紫穂が賢木の頭部に視線をやっているのに、賢木は彼女に逆に問う。
少し外れた場所で、皆本が昔の恋人に関して追求を受けている。
賢木はその恋人に関して口にしようとした途端、ワインを頭から瓶ごと飲 む羽目になった。
今はなんとか目を覚まして、少女から気を失っていた間の顛末を教えて貰 った次第である。
しかしそんなに話しては駄目なことだったろうか。
いまだ痛む頭を押さえて、賢木はそこであることに気づいた。

泣きたくなったことを、少女に知られてはいけない。





「残念ながらまたあの洗礼受けたくねーし。教えてあげないよ」
「……そうね。先生、簡単に触らせてくれるのって読み取れないこと分か っているからだもの」


紫穂がそう言いながら、賢木のベッドに腰をかけた。
騒いでいる輪から外れた場所で、二人。
必要最低限の言葉だけを口にして。
そのうちに、二人の間に音はなくなる。

けれど会話が途切れたわけではない。




「でも気を張っているせいかしら」
「ん、」
「なんとなく、いつもと違うことがわかっちゃったわ。好きなのよね」


紫穂の小さな指が、とんとんっと賢木の指を叩いた。
賢木は紫穂の言葉に素直に頷いた。
気を張っているからではなく、つい先ほど動揺したせいだと言うことはま たこの胸の奥に秘めておこう。




「好きだよ」
「……そう」




彼女に嘘を吐いても仕方がないし、何かが変わるわけでもない。
賢木はあっさりと口にして、紫穂の頭を撫でた。
紫穂は子ども扱いに瞬間不満そうな顔をしたが、すぐにどこか照れを隠し た物になる。


サイコメトラーは、きっと誰よりも温もりに慣れていない。
他の能力よりは対人への危険度が低いから規制は緩いものだが、その実他 よりも嫌われやすい能力だ。
その気にならなければ読むことはないというのに、(激しかったり、特別 想いが強ければまだ別だ)触れただけで周りは勝手に怯える。


サイコメトラーでなくったって、わかるぐらいに。




「紫穂ちゃんもだろ」
「……私が先生だったら、きっと今皆本さんの隣にいるのは私だわ」

賢木も皆本の隣にいるが、そう言う意味じゃないのはわかっている。
触れた部分から、伝わってくる言葉に賢木は口端を少しだけ上げた。

きっと。
この少女が自分だったならば。
同じような立場を選んでいるだろう。




『出会ってくれて、ありがとう』




彼が全身全霊を込めて言ったその場にいてしまった。
彼の心の底に、触れてしまった。

だから。







「肝心なところは教えてくれないのね」
「俺の中の皆本は、俺のだけだから、な」

紫穂が力を込めて透視ようとしたが、それはあっさりと却下させる。
膨れた頬をつつけば、紫穂がお返しとばかりに頬をひっぱった。
思いの外力が強くて、痛い。


「いひゃいってこら」
「だって、少しぐらい見せてくれたって良いじゃない。ケチ」
「ケチで結構ですー。紫穂ちゃんにみせたら絶対に減るし?」


紫穂がぽかぽかと拳で叩いてくる。
賢木がそれをガードしていれば、輪から薫が紫穂を呼ぶ。
紫穂はあっさりと賢木の側から離れ、嬉しそうに薫の元へと駆けていった 。



「紫穂っ!私が押さえとくから皆本を透視めっ早く!」
「じゃあ皆本さん、遠慮なく…」
「だーっ!こらやめろーっ!!」




紫穂がその手をゆっくりと近づけていくのに、皆本が激しく抵抗している 。
これはそろそろマズイ、と思いつつも動く気にはならなかった。
もう平気だと思っていたのに。
自ら口にしたのに。
それは存外深く棘を残した。


「別に、ケチなだけじゃねーんだけどな…」


少女の未来はこれからだ。
知らなくて良いことはたくさんあると、サイコメトラーは誰よりもよく知 っている。
彼との未来を望むならば。
彼の過去を望むべきではない。



「進めなくなるより、な」



賢木はひとりごちて、先ほど紫穂に引っ張られた頬に指を這わせた。
少し赤くなっているだろうか。
常人よりは大分低い体温が、上昇している。
じわじわと鈍い痛みを知覚するに従って生理的な涙が浮かんできた。


痛い。


賢木は今度は頭部に出来た瘤に手をやった。
こちらもじわじわと、鈍い痛みを発している。


痛い。






「……痛いっての、」


傷の具合を見ようと思っただけだった。
ただの瘤だとは思ったが、あの勢いだと万が一もある。
何かあったら気に病むのは皆本だと思って、透視ただけなのに。

なんで。




「馬鹿野郎」




目の奥が熱くなった。
鼻の奥がツンと痛んだ。

泣きたくなった。




彼の温もりが傷に残っている。
温もりに飢えた心がもっと欲しいと叫んでいる。





「……さて、そろそろ爆発するころかな」

ことさら明るい声を出す。
避難できる場所を探しながら、頭部の炎症に手を翳して能力を発動させた 。



傷が消える。
温もりが消える。

心の叫びに蓋をする。











「……ったく!みんな本当に巫山戯すぎだ!!」
「………そんな、怒るなよ」


進めないかもしれないけれど。
その代わり、この場所は絶対に譲らないから。


「元はと言えばお前が…!」
「あー…頭痛いなー…」
「っ…だ、だからそれは…!」


怒りにまかせながらハンドルを握る友人の隣。
うっそりと笑いながら、賢木は目を閉じた。

ひめごとを更に深くに仕舞い込むように。








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賢木先生を幸せにしたいはずなのに初っぱなこれってどうだ。
とうとう耐えきれず書いちゃいました。
絶チルで皆←賢です。どっちかっていうと紫+賢ですが。
片思い賢木先生。けどきっと擦れ違い片思いの両思いなんだぜ…!(やや こしい)

皆本さんの昔の恋人発覚の回で、殴り倒された賢木先生ですがそのあとず っと連れ回っている皆本さんに愛を感じました。(え)
まー自分がやってしまった責任と、もし目が覚めたとき傍にいないと二重 の意味でやばいな感じなんでしょうけど、やっぱり傷の心配してたらいい なぁと思いまして…。
皆本さんなら傷にちゅーのひとつぐらいやってくれると信じてる。賢木先 生相手だし。ごめんっていいながらさ…!まぁ文中にいれられてないんで すが…orz。

あとキャリーと皆本が心通わせる瞬間に出くわしたってのはある意味不幸 かなー…とそういう話です。
どれだけ皆本がキャリーを愛しく思っているか、を知ってしまっているか ら踏み出せない賢木先生です。
対で皆本視点も書きたいなー…。賢木先生を幸せにしたい…。(すでに題 材が間違ってねぇか)

08/05/10





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